×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




your charm - 20



いつもならお風呂上がりにアイスでも食べながら、ノリの軽いバラエティ番組を見て笑っているような時刻だった。
私はのんびりソファに沈んで、特にあてもなくスマホを眺めていた――突然、垂れ流していたテレビから緊張の走った声が流れ始める。速報が入りました、とアナウンサーが早口に話し始める。

『雄英高校ヒーロー科一年生が、またも敵の襲撃に遭ったとのことです。場所は――』

――近隣住民は警戒を――四月に雄英高校を襲撃した敵連合の関与が示唆され――生徒への被害は現在の報告では――二名の行方不明者が出ており――三名の敵を現行犯逮捕し――警察は――……

*  *

結局来てしまった。居ても立っても居られないというか、気になって仕方なくて夜もなかなか眠れなくて、四つめのお守りが完成してしまった時点で吹っ切れた。
八百万さんも、以前知り合った飯田くんや麗日さんや緑谷くんも、当然無事でいてほしいけれど――せめて、彼の安否だけでも確かめに行こうと。

幸い、メディアは雄英高校へのバッシングに熱心で、個々の生徒に目を向けるほど暇ではないらしい。雄英高校ヒーロー科一年生は何かと目立ち、中でも彼は特に注目されていたので、面倒なことになっていないかと少し心配したけど。
事件が発生してから二日、今のところ非常識に家やら身辺を張られている様子はない……とはいえ、彼自身がまだこっちに戻って来ていない可能性もある。生徒のうち重傷者は未だ、合宿所であり事件現場である場所の近くで入院しているそうだ。
ほとんど見知らぬ相手とはいえ、同じ高校の同級生がそんな風に苦しんでいることを思うのは、とても気が重い。

そんな時に何もできない、何かする術もない私が、こんなところにいるのはやっぱり身の程知らずというやつだろうか。きっと私なんかにかかずらってる場合じゃない、のこのこ顔を出してどうするつもりだろう。
彼が今どんな状況にあったって、私が知ったところで何も変わりやしないのに。

胸に抱えた紙袋が、なんだか重くなったような気がしてきた。

――悲しくありませんように。
――痛くありませんように。
――無理していませんように。

――無事でいますように。


「……あら?」
「ひっ……!」

やっぱり帰ろうかと思い始めたその時、突然かかった声に思わず肩を震わせた。不思議そうな声に振り返ると、買い物袋を提げた女性が私を見ていた。
眼鏡の向こうから伺うような視線を向けられているのがわかってしまう。綺麗な白色の髪、ところどころ赤色が混じるそれは珍しく、そしてなんとなく既視感を感じた。

十中八九、彼のご兄弟だ。多分お姉さん……がいたような、気がする。あんまり覚えてないけど。

「うちに何か?」
「え、あ、その……!」

いやいや落ち着け私。こんな騒々しい時に彼のお家の前で、ワタワタしてるのはあまりに怪しい奴すぎる。
至って落ち着いた物腰の彼女は、少なくとも私の来訪が心底迷惑というわけでもなさそうだ。一つ息を吐いて、心持ち冷静になってから、あの、と話しかけた。

「私、……御守小幸といいます」

まで言って、また迷う。怪しくないと伝えたいものの、どういうスタンスでいるべきだろう。
近所に住んでて昔は弟さんにお世話になりました、と行くべきか、高校が同じで仲良くしてもらってます、と行くべきか。

しかし迷う余地もなく、私の名前を聞いた相手は目を丸くして、ああ!と声をあげた。

「もしかして小幸ちゃん?大きくなったねぇ」
「へ、ええと……どうも……」

あれ、会ったことあったっけ?なんせ彼のお家――ていうかお屋敷――に行くことなんてなかったし、幼稚園や小学校の外へ、お稽古に忙しい彼を連れ出すこともほとんどなかった。

「ああ、覚えてないか。って言っても、私もあんまり覚えてないんだけど」
「う、ごめんなさい……」
「いいのいいの!気にしないで――私、焦凍の姉の、冬美です。あなた達が幼稚園の頃かな、何度か会ったことあるよ」

ぱっと見社会人っぽいけど、少なくとも二十歳は過ぎてそうだから、私達とは五つくらい離れてるのかな。私が曖昧なほど昔のことなら、彼女の方が覚えている可能性はある。

「どうしたの?焦凍に用事とか?」
「い、いいえ!用事なんて何も……!」

幼馴染としては数年間会ってもいないわけで、今更用事があるなんて言えたものじゃない。『雄英高校の知り合い』としてなら、まだあり得なくもないが……冬美さんに幼馴染として認識されてしまった以上、滅多なことは言わないでおこう。

「用事という程ではないんですけど……色々と大変そうだなって……」
「ああ、ねえ……お気遣いありがとう」

私の言わんとすることはすぐに伝わって、冬美さんは小さく苦笑した。そんなこと、と慌てて首を振りながら、少しだけ安堵している自分がいる。先ほどからの彼女の反応を見る限り、最悪の事態ではなさそうだと感じ取れた。

「……あの、とど――し、焦凍くん、大丈夫ですか?怪我、とか」

轟くん、と言いかけたものの、身内の前で――しかも幼馴染として――その呼び方は違うか、と思って言い直した。
とても懐かしい名前を呼んでしまうのは、こんな時でも心をざわつかせる。

冬美さんは私の用事を理解したらしく、にっこり笑って答えてくれた。

「ええ、幸いね。ちょっとした擦り傷くらいのものよ」
「そ、そうですか!よかった……!」
「ありがとう、心配してくれて」

その言葉はやっぱり身の程に合わない感じがしたので、赤い顔を自覚しながらまた首を振る。心配なんて、私がするのはお門違いだと自覚はしているのだ。

「でもクラスメイトにまだ入院中の子もいて……今日は病院に行っているわ。じっとしてられないみたい」
「……そう、ですか」

そりゃそうだよね。彼は根は優しくて、色々な辛いことも乗り越えて、本当にヒーローらしい男の子だもの。自分の無事より他人のことを心配してしまう。
彼が無事だと聞いて、途端に気が晴れる私とは、全然違うな。

「あ、でも夕方には帰ると思う!よかったら、うちで待つ?」
「えっ!?い、いいえいいです!そんな、会おうと思って来たわけじゃないので!」

どの面下げて会えるというのか。やっぱり、今彼に会うのは絶対に迷惑だ。
彼が無事なだけで安心してしまった私が、友人を心配する彼に言えることなんて一つもない。

「そう?今日私しかいないから、気にしなくていいよ」
「いえもう、ほんと……!お気遣いありがとうございます……!」
「そっか……残念」

残念?とその言葉は不思議だったが、冬美さんはそのまま続けた。

「心配してくれてたよって伝えとくね」

ずっと疎遠だった幼馴染に、突然心配だけされるなんて彼も困るだろう。けど、まあ、その程度は適当に受け流してくれるかな。苦笑だけ返しておいた。

「落ち着いたらまた来てね。多分小学校以来になるでしょう?焦凍も喜ぶと思うの」
「いや……それは……」
「それに、もし良ければなんだけど」

冬美さんはそうして、少し声を落として続けた。どこか言いづらそうに見えたけれど、理由はすぐに理解できた。

「小幸ちゃんが構わないなら……そのうち、お母さんにも会ってあげて欲しい」

意外と、この前ほど動揺はしなかった。
言いづらそうな姿勢が、私と彼女の間にあった出来事を理解していることを示していたからだろう。それを知らない彼に言われるよりは、私の非もわかった上で言われた方が、幾分気が楽なのだ。

「でも、私は……」
「――あの時の折り紙、大事にとってあるのよ」
「……え?」

冬美さんの言葉に、目を瞬く。
あの時の折り紙、私の無遠慮な押し付け――ぐしゃぐしゃに拒否されたのを、私は確かに見たのに。

「お母さん、謝りたいって言ってるの」
「謝るって……あれは、私が悪かったんです!私、本当に、馬鹿なことしたって――!」

少し考えればわかることだったのに。擦り傷や火傷の絶えない男の子のことも、儚げに微笑んで彼と手をつなぐ女性のことも、私は知っていたのに。
彼女と彼の身に何が起きたか、詳しくは今でも聞いていないけれど……あの時の彼女にとってヒーローは救いたり得ないことくらい、少し考えればわかるのに。

慢心して、傲慢で、押し付けがましい、傍迷惑な子どもだった。あれは私が悪かったのだ。自分の力がどれだけちっぽけか、自覚しなかった馬鹿な私が。
しかし私の言葉を聞いた冬美さんは、困ったように笑った。

「そんな風に言わないで。あなたも……私にとってはお母さんも、二人とも、悪くないことなのよ」
「……焦凍くんのお母さんに、責めるところなんてありません」

だってあの時も、私が余計なことさえしなければ、彼女はいつもよりさらに儚くはあれど、きっと微笑んでいただけなのだから。

「そう思ってくれるなら、なおさら、ぜひ会ってあげて」

冬美さんは穏やかに続ける。

「最近、焦凍もお母さんのお見舞いによく行っているの」

――『お守りを、作って欲しいんだ……白色のイメージ、だけど、八百万にやってたのはちょっと可愛すぎるか……』
珍しく真剣にそんなことを言う、彼のことを思い出した。

きっと彼はお母さんのこと、とても大切に思ってるんだろうな。それがどうして、私にお守りを頼むことになったのかはわからないけど……私の力が、あの人のためになると、彼も少しは思ってくれたのかな。

思わず、紙袋を抱える腕にぎゅっと力が入る。夜も眠れなくて、やり場のない“想い”をぶつけるように、出来上がってしまった私のおまもり達――力のないアクセサリーに成り下がるか、それとも。



前<<>>次

[21/27]

>>your charm
>>Top