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your charm - 19



夏休みといえど、ヒーローを志す俺達にとっては休息している暇などない。
数日後には強化合宿。そしてその後にも何か予定があるそうで、相澤先生からは各自鍛錬を怠るなと通達があった。

合宿に行く前に顔を出しておこうと、例のごとくお母さんの病院に向かった。最初は受付でやたら驚かれた――雄英体育祭の直後だったのもあってだろう――が、今では気さくに『焦凍くんまた来てくれたの。お母さん喜ぶわ』と声をかけられるようになっている。
今までお母さんのお見舞いは主に姉や偶に来る兄くらいで、会える相手が増えるのはいい事だと、嬉しそうに言われた。

もう慣れた順路で病室まで進み、一応ノックをして扉を開いた。お母さんは机に向かっていて、俺を振り向いてにこりと笑った。

「また来てくれたの?忙しいのに、ありがとう」
「や、もう夏休みだから」
「あら、そうね。そんな時期だわ」

卓上のカレンダーを見やって、納得したように頷く。とりあえず持ってきた荷物を置いてから、彼女は何をしているのかと手元を覗いた。

――『しょうとくんのおかあさんが、げんきになりますように』

「……手紙?」
「ふふ、そうねぇ」

机に広げてあったのは、正方形の薄い紙。それが四枚ほど――多分、折り紙の裏。
一番上に載ったものに、赤色の色鉛筆でメッセージが書かれていた。ちょっと歪なひらがな、ちょっと大きすぎる字体。まるで幼稚園児の書いた文字だ。

お母さんは少し笑って、その一枚を取り上げた。その下の折り紙にも、『はやくよくなりますように』とオレンジの色鉛筆で書いてある。
手紙というよりは、短冊に書くお願い事のような文言だ。紙には薄い折り目がついていて、加えて一枚目の赤色には、細かいしわが寄っていた。まるで折られたものを、あるいはぐしゃぐしゃに潰したものを、広げて伸ばしたように見える。

「手紙じゃなくて、おまもりよ」
「おまもり……それって……」
「この前焦凍がお守り袋を持ってたでしょう。懐かしくて、ひっぱりだしてきたの」

その時と同じように、折り紙に書かれたメッセージを大切そうになぞる指。懐かしくて、寂しげな表情。
折り紙をおまもりと称するのは、俺の知る限りあの女の子くらいのもので――と、考えて、おやと思い出す。

――『オールマイトって強いから、なんとなく、ご利益ありそうじゃない?』
――『お見舞いに持って行くなら、おまじないを書いておくといいよ』

「小幸ちゃんとは、最近会ってないのね焦凍」
「え……」

お母さんの言葉ではっとして、思い返すのをやめる。彼女は俺を見上げて、眉を下げた。

「この前の反応見てたらわかるわ。あまりあの子の話をしたくなさそうだった」
「……そうだな。あまり」

言い訳をしても仕方がないかと、素直に頷いた。お母さんからすれば、あの少女にもらった折り紙を自慢してくる俺のまま、記憶が止まっていたはずなのに。そこに突きつけるのは気が進まない。お母さんはいつも、俺が学校や友人の話をするのを楽しそうに聞いてくれるから。

頷くとやはり困ったような顔をされた。でもそれは仕方のないことで、おそらく俺が悪かったせいで、お母さんが気にすることなんてなにも――そう言いかけた時。

「私のせいかしら。ずっと、謝りたかったの」
と、また折り紙を撫でた。

「……謝る?」
「ええ。あの子に、ひどいことをしてしまったの……」

細かくついたしわを伸ばすように、机の上に広げる。とはいえもう何度もそうされたようで、多分これ以上は変わらないだろう。
一度握りつぶしてしまえば、薄っぺらな紙は元通りには戻らない。

「あいつ、見舞いに来たのか?」
「だいぶ前よ。ここに入ってから……三ヶ月後くらいだったかしら。先生とお母さんに連れられてね」

その頃は多分、俺が本当に親父を憎むようになっていた頃であり、顔に包帯を巻いていた時期。あの子は何度も俺に折り紙のおまもりを作ってくれて、いたくありませんように、と願ってくれた。またそんなことを思い出してしまう。
家族でなくとも面会できたということは、お母さんもいくらか安定して来た頃だったんだろう。

「大丈夫だと思ったのよ。あの子の姿を見た時も、ちゃんと迎えてあげられたし」

俺はあの子と幼稚園の外で遊ぶことは少なかったが、時々園まで迎えに来たお母さんを見て『しょーとくんのおかあさんきたよ!』と俺を引っ張っていったりしていたから、面識はあった。
懸念するとすれば、小幸ちゃんを見て俺を連想して、あの時の記憶がフラッシュバックすることだったんだろう。

「でもダメだったの……あの子がヒーローの折り紙を出した時に」

それでハッと気づいた。ヒーローの折り紙、四枚の折り紙――黄色と薄橙色はおそらくあのヒーローで――赤とオレンジは――ぐしゃぐしゃに握り潰されたヒーローは。

「気づいた時には小幸ちゃん達は帰されていて、折り紙は一度先生が持ち出して下さったわ」
「……それは、仕方ないだろ。お母さんが悪いわけじゃない」
「でも小幸ちゃんが悪いわけでもなかったのよ」

あの子は俺達の事情を知らないと思う。一番の仲良しだったとはいえ、こんな家庭事情にあの優しい少女を巻き込みたくはない。
けど正直、幼いゆえの無邪気さが悪かったのではないかと俺は思った。子が大怪我をして妻が病院に収容されて、アイツがなんともない顔をしてヒーローを続けていることに、ある程度の分別と勘繰りがあれば、ヒーローの折り紙――ましてエンデヴァーなど示唆するはずもない。

幼いゆえの無邪気さ――俺がオールマイトの折り紙を、一番喜んで受け取るのを彼女は何度も見ていたから。そしてエンデヴァーはNo.2ヒーローで、良くも悪くも一番近くにいるヒーローだったから。

「それからしばらくして、先生がこれを持って来てくれたの。私が完全に落ち着くまで待っていたんだと思う」

完全に形をなくしたただの紙だが、そこには確かにあの子の“想い”が刻まれている。
それを見たお母さんの気持ちを思って、そして俺に見せた懐かしげで寂しげな視線を思って、俺はなんとも言葉が浮かばない。

「ずっと謝りたかったのよ――それから、私を救おうとしてくれて、ありがとうって言いたかった」

俺はやっぱり答えられず、鞄の前ポケットに軽く触れる。

赤色のお守り袋は三日前に白い組紐が解けて千切れて、今はその中に忍ばせていた。



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