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your charm - 18



普通科の男子生徒――未だに名前を思い出せていないのは、流石に失礼な気がする――と一緒に、仲良さげにしているのが少し気に食わなかった。御守は結構すぐ赤くなるらしいと最近理解したが、それを彼の前で見せているのもモヤモヤする。

けど、近づいて声をかければ俺を見上げる。隣の男子生徒に見せたのよりさらに赤くなって、それは俺の方に意識が向いたことを示しているように思えて、モヤモヤはすぐ消えた。そういえば、髪、やわらかかったな。女子ってすげぇ、髪だけで俺の感情に不思議な波紋を作ってしまうのだから。
そんな思考がバレるわけにもいかなかったが、至って平常心で話せたはずだ。御守もいつも通り、穏やかに対応してくれた。
途中までは、いつも通りの彼女だった。少しおどおどした話ぶりも、懸命に俺を見て向き合うところも、俺の頼み事に嬉しそうに笑うのも。

それが突然、すとんと表情を落として立ち尽くす様は、俺の背筋まで凍ったかのような錯覚に陥らせた。
あの時と同じだ、俺から半歩離れた彼女に、指先まで冷えて感覚がなくなったように。

――『多分、轟くんのお母さんも……私のおまもりとか、いらないと思うな』

そんな言葉は似合わないのではないか。そんな自嘲するような笑みは全く似合わなかった。
御守、それは違う。いらないなんて思うはずがない。知らないだろう、お母さんがお前の作ったお守りを見て、あんな風に目を細めたのを。

しかしそんな風に縋るのは、御守を困らせてしまう。彼女は眉を下げてゆるく微笑んだ。これ以上何も言いたくない、と聞こえてきたような気さえして、俺はぐっと言葉を飲み込むしかなかった。

仕方のないことだ。いくら彼女が良い奴でお人好しだからって、俺の頼み事を聞き入れる義務はない。嫌なら断ってくれて構わない、俺は確かに最初からそう言っていたのだ。ショックを受けるなんてのは、馬鹿げてる。

……いや、一番ショックだったのは、御守に断られたことじゃなかったかもしれない。彼女の言った言葉が、つい最近思い出した、苦い思い出と重なってしまったから――かもしれない。

*  *

小幸ちゃん、と幼稚園の頃からそう呼んでいた。小学校も同じだったし、なんなら家も近かったので、登下校を一緒にしていた時期もあった。

小幸ちゃんは優しくて明るくて、最初に泣いている俺を見つけてくれたのと同じように、困っているクラスメイトを放っておけない奴だった。そんな少女が受け入れられないわけもなく、彼女は順調に同級生に溶け込んでいった。
対して俺は相変わらず、小学校に上がっても周囲とどこか馴染めない。表情も少なく、そのくせ目立つ二種類の色や大きな火傷を持ち、肩書きは『No.2ヒーローの子ども』である。ひどく孤立していたわけではなかったものの、近寄りがたく思われていたのだろう。特に、彼女と一緒にいたようなおとなしい女子達なんかには。

いつしか小幸ちゃんと登下校をすることもなくなり、色とりどりのおまもりなんてのも、跡形もなく。それでも時折、俺が稽古で作った怪我を見ては心配そうに声をかけてくれた。
それだけでありがたいと、十分だと思っていられれば、よかったのに。

わあ、すごい可愛い!――最初に声が上がって、釣られた他の女子がなになに?と寄っていく。そして同じようにきゃあきゃあと騒ぎ始める。その中心にいたのは、照れ臭そうに笑う彼女だった。
それから数日後には『小幸ちゃんの作ったミサンガ』がクラスの女子の間で流行し始めたので、つまりそういうことである。

――あの子の“おまもり”に、自分以外のみんなが気づいた。

それは思っていた以上に俺にとっては強い衝撃だった。正直情けない話だ、幼いながらもハッキリとした独占欲というもののせいだった。

小幸ちゃんの個性は優しくて穏やかで、彼女にぴったりのものだ――確か、手作りのものが幸運を呼ぶとかそういう感じの。昔のことで、あまり詳しくは覚えていない。
とはいえ当時の俺は、過去に何度となく差し出された俺のための“幸せ”を、無意識に俺『だけ』のための“幸せ”だと思ってしまっていたのだ。

単純に、彼女が見かねて手を差し伸べるほど、泣いたのも怪我したのも俺くらいだったという話なのに。

以前姉が『昔、ハマってたことあったよね』と俺に言った折り紙。忘れてしまっていたのは、多分忘れてしまいたかったからだろう。都合のいい記憶力である。
幼い俺は久しく離れてしまった彼女に近づく術を知らず、唯一俺達の間に交わされた“おまもり”達を復元しようとした。そうして、小幸ちゃんの気が引けるような気がしたのだろう。

結果としては、まあ、惨敗というか――記憶の奥底に仕舞い込んで忘れようとしたくらいには、散々だった。

――『すごいね。焦凍くん折り紙上手だね』
――『オールマイトかぁ。難しいもんね。私もまだ上手に折れないの』
――『えへへ、ありがとう。焦凍くんにほめてもらうと、自信でるなあ』

色とりどりの折り紙の中に、オールマイトの顔は挫折して無理だった。上手に折れないなんて言った小幸ちゃんが、昔俺に何度もオールマイトを折ってくれたのは知っていて、それを伝えると嬉しそうに笑った。
そして、俺は言ったのだ――『また、オールマイト作ってよ』――そして、彼女は眉を下げて答えた。


――『……ごめんね、焦凍くん。でも、焦凍くんはもう、私のおまもりなんていらないでしょ?』
――『焦凍くんはすごく頑張らなきゃいけないもんね。私、応援してるから、ね!』


にっこり笑われると、それ以上何も言えなかった。
こんな折り紙なんてやってないで、頑張れ――一人で、強くなるために、頑張れ。そんな風に聞こえた言葉はやっぱり、ショックだった。

それでも応援してるという言葉は、やっぱり他の誰にも言われないもので。昔から変わらない笑顔で言われると、うんと頷くしかない気がして。それがまた、俺の寂しさを助長して……。

おまもり『なんて』って言わないで、俺はその“おまもり”がとても大事で、本当に好きだったんだから。
あの“幸せ”があったから、辛いことも痛いことも耐えられたんだから。いらないなんて思ってない――俺と同じように泣いて笑って、差し出してくれる“想い”が欲しかったんだ。

その時、本当は言ってしまいたかったけれど、やめた。今と同じだ、そんなことを言って、困らせたくなかった。呆れられたくなかった。
一人でも頑張れる、強い男じゃなきゃいけない気がした。

……結局、その選択は多分正しかった。確信したのはそれから数日後、粛々と稽古に励んでいた俺を見て、親父が呟いた言葉を聞いた時――『やっと子どものお遊びはやめたか』と。アイツは気づいていたのだ。俺があの子に心を乱されたことも、折り紙なんてものに執着したことも。
もしあの男が、そのことで彼女に何か仕掛けたらどうしよう、いやもしかしたら既に……とまで考えれば、俺はやっぱり、一人でも頑張れなきゃいけないんだと理解するほかなかった。

*  *

あの日の帰り道、御守が嬉しそうに微笑んだのを見て、少しだけ浮かぶ思いがあった。

もしあの時、俺が小幸ちゃんに――『俺、お前の作ったおまもり、本当に好きなんだ』――と伝えていれば、どうなったのだろう。あの少女は今でも俺に、オールマイトの顔でも色とりどりの折り紙でも、ミサンガでもお守り袋でもなんでも良い、作ってくれたり――したんだろうか。

……こんな風に考えるのは、御守に対しても失礼な気がして、俺はまた思考を止めた。



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