「まったく日直使いが荒いな、うちの担任は」
「あはは、日直使い。確かに」
心操くんの言い回しがなんだか可笑しかったので、声を立てて笑ってしまった。それにつられたように、心操くんも口の端を緩ませる。最近、心操くんは前より丸くなった気がする。
心操くんと私は本日揃って日直に当たっていた。うちの担任は何か頼みごとをする際安易に日直を指名するので、日直使いが荒いとは言い得て妙だ。教科準備室への教材の運び込みなんて、私達のクラスが使うのでもないのに理不尽である。
おかげで予鈴がなるまでにもう五分とない。
期末試験も終わり、週末を挟んで、答案返却が終われば一学期は終了だ。
学生にとっては幸せな夏休みはすぐそこだけど、私としてはもうちょっと夏休みが先だったらよかったのに、という気持ちがあったりする。せっかく彼と、あんな風に話せるようになったのに。
ヒーローを目指して忙しい彼だから、夏休みを一ヶ月以上も挟んだら、また私のことを――すっかり忘れてしまったら、どうしよう、なんて思っていたりする。
どうしようも何も、それは元々私が望んだはずなんだけど。
「あれ……」
「ん?」
教室の前の廊下まで階段を降りた時、心操くんが声を漏らしたので首を傾げる。視線を追って私達の教室の前を見やると、廊下の壁に背を預けて1-Cの扉を見ている、目立つ男子生徒が一人。
「と、轟くん……!」
「なんだ、約束でもしてたのか」
「そんなのしないよ……って待って、なんで私に用があるなんて」
「うちのクラスに用なんて、御守くらいしかいないだろ」
まるで当たり前のように言わないでほしい、自惚れてしまったらどうするつもりなのだ。
思わず赤くなってしまう頬は、覆って隠した。心操くんがまた呟く。
「っていうか、こっち見てるじゃん。早く行ってやったら?」
「えっ」
その言葉に視線を戻すと、確かに彼はこちらをじっと見ていた。
気付かれたらしい。そうは言われても、心の準備というやつが……!思わずその場で足を止めて、慌てて制服にパタパタと手を当てる。
「ちょ、心操くん、私大丈夫?ホコリとかついてない!?」
「はっ?急に何」
「だって準備室ちょっとホコリっぽかったから〜!」
一応部屋を出る前に身体中払ったし、大丈夫だよね?目につく感じじゃないよね?急に慌てだした私がおかしいのはわかるけど、ドン引く前にちゃんと見てよホントお願いします。
今日変な印象植え付けたら、夏休みの間に何が彼の脳に刷り込まれるかわかったもんじゃない。
「……あ、髪についてた」
「えっ嘘どこ!」
「上の方」
上の方とかそんな適当な指示でわかると思ってるんですか心操くん。内心荒んでしまうが、反論するより反射的に手をやってしまう。
「取れた!?」
「いや」
「もう!」
だいたい傍観者気取ってないで取ってくれてもいいじゃん――なんて焦りまくっていたものだから、肝心の轟くんの動向から完全に意識が外れていた。
「なにしてんだ?」
「ひゃっ!?」
気づけば轟くんが私達のところまで歩み寄ってしまっていた。いや、しまっていたって、そりゃ轟くんの勝手なんだけど。
「さっきから変な動きしてたから」
「へ、変なって……!」
「髪にホコリ付いてるから、取ろうとしてる」
『変な動き』を轟くんに見られたことにショックを受ける私の代わりに、心操くんがさらに余計なことを言ってしまった。轟くんはちらりと心操くんを見やってから、改めて私に目を戻した。
「……ああ本当だ」
――そして、自然な所作で私の髪に手を伸ばし、さらりとすくって離れた。
取れたぞ、という落ち着いた声は聞こえたものの、突然の感触にピタリと動きを止めた私は反応できなかった。
「はあ……俺先戻っとくわ」
ため息交じりのどこか呆れたような声も聞こえたが、やっぱりすぐには返事ができなかった。一人で置いてくなんてひどい……!いやでも居残られるのもちょっと気まずいから、やっぱり心操くんにはご退場願うしかなかったか。
そんなことをぐるぐる考えながら、とりあえず乱れたであろう髪を申し訳程度に整える。うわー、もう、今日はダメだ。
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