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your charm - 10



昼休み、後方の扉から教室に戻ると、飯田の席に緑谷と麗日といういつもの三人組が揃っていた。麗日が一番に気づいて、あっと声をあげた。

「轟くん戻ってきた!」
「何か用か……?」

随分嬉しそうに言うものだから首を傾げた。続いて緑谷と飯田もこちらを振り返り、ちょっと来て、と呼び寄せられる。

「すまない轟くん。どうにも上手く出来上がらなくてな……」

困ったように言う飯田の机の上に、三つほど同じ形の折り紙が乗っていた。
黄色と薄橙色のそれにはかなり見覚えがある。オールマイトの折り紙だ。

「……何やってんだ?お前ら」
「いやぁ、飯田くんが作ってみたいらしいんだけど……」
「久しぶりやとねー。上手くいかないねって言ってたとこ」

顔の描き込みは三者三様。とりあえず一つずつ作ってみたら上手くいかなかったと。確かに、ぴょんと飛び出す黄色が左右非対称だったり、輪郭が歪んでいたりしてどこか不恰好だ。

「轟くん折れる?」
「……いや」

手順も覚えていないし、そもそも昔のことすぎて作ったことがあるのかないのかもよくわからない。姉曰く、作れなくて泣いたことはあるらしいが。

「助言なら、俺より……」

八百万の名前が一番に思い浮かんだ。前に創造されたものはかなり綺麗だったし、多分実際に手を動かしても完璧に仕上げるのではないかと思う。
が、口に出すより先に次の候補が浮かんできた。八百万が作ったものよりいくらかポップな、小さなボロボロのオールマイト。

「……ちょっと待ってろ。御守連れてくる」
『え?』

途中で言葉をやめて教室を出て行った俺の背に、困惑したらしい三人の声が聞こえた。

*  *

「御守」
「ん……!?!?」

そう大きな声でもないのに、昼休みの喧騒に紛れることもなく通って届いた声。反射的に振り返ると、全く予想もしていなかった相手で声も出ないほど驚いてしまった。バッチリ視線が合ったので、人違いではないみたい。

「うわっA組の轟くんだ」
「えー、何、どしたの?」
「し、知らないよっ」

一緒にいたクラスメイトの女の子達がにわかに騒ぎ出す。
体育祭での活躍だったり、元々の整った顔立ちだったり、接点のない普通科の女子の間でも『轟くんってカッコいいよね〜』と話題になっていた時期があったのだ。中間テストを超えたあたりからあまり聞かなくなったけれど、今でもみんなの内心では健在らしい。

輪の中にいた友達が目配せしてきた。ニヤニヤした顔からして、何を考えているのかわかるような。私の淡い感情など誰にも教えていないけれど、もしかしたら彼女だけは察しているのかもしれない。
恥ずかしくて頬が熱くなってきたが、彼を待たせるわけにもいかないので慌てて輪を離れる。

「ど、どうしたの、轟くん」
「今いいか?」
「うん」

四日ほど前に、お守りを作って欲しいと依頼を受けたのが最後だった。もしかしてその件なのかなと思ったけれど、どうもそうではないらしく。

「御守は、オールマイト折るの得意だよな?」
「え」

一瞬どきりとする。が、特に他意はないらしい轟くんの声色は淡々としていた。
何か思い出したというよりは、前に彼が持っていた赤色のお守り、破れた時に中身のオールマイトを見つけたから推測しただけらしい。

「まあ、一応……」
「ちょっとA組まで来てくれ」
「え」

また驚かされる。だめか?とほんの少し首を傾げる彼が、これまた可愛らしくて断るわけにはいかないという強迫観念に駆られる。そりゃあ、元々断るつもりなんてないけど。
慌てて首を振れば、じゃあとすぐに踵を返して歩き始めた。慌てて後を追いながら問いかける。

「な、なんでオールマイト?」
「クラスの奴が作りたいらしい。けど、なんか上手くいかないから、コツとか教えてやってくれ」

高校生にもなって折り紙なんて、と自分のことを棚に上げて思ってしまった。天下の将来有望なヒーロー科1-Aで、一体なにがあったのか少し気になる。

別の科といえど教室はそう離れていないので、すぐにA組まで到着してしまった。ヒーロー科の教室なんて敷居が高いように感じるが、轟くんがさっさと入ってしまうので躊躇っている暇もない。
失礼しまーす……と小声で呟きながら足を踏み入れると、轟くんは扉近くの机で集まっている三人組のところに立っていた。彼らは私を見て、人の良さそうな笑顔で迎えてくれる。

「ご、ごめんねっ急に」
「こっちおいで〜!」

とっさに、体育祭で見た人だ、と思ったのはちょっと失礼だったかもしれない。
一番に声をかけてくれたのは緑のくせっ毛の男の子で、ニコニコと手招きしてくれたのは穏やかそうな女の子だった。机の席に着いている眼鏡の男の子はまっすぐな視線で興味深そうに見てくるものだから、少し気後れする。

「ええと、初めまして……」
「君が助っ人か。飯田天哉だ、よろしく頼む!」
「は、はい……!」

その真面目そうな男の子が、ちょっと堅い感じのしっかりした声で自己紹介するものだから、少しばかり肩が震えた。失礼だった気がする。
女の子が飯田くんお堅いな〜、とふわふわした笑顔で言った。

「麗日お茶子です、初めまして!で、こっちがデクくん」
「あ、緑谷出久です」

麗日さんと緑谷くんは至って普通だった。御守さん、で合ってる?と確認してくれたので、どうやら轟くんから聞いていたらしい。

「うん、よろしく……で、えっと、オールマイト?」
「そうだ。俺が作りたいと言って、みんなは手伝ってくれていた」
「飯田くんが言ったんだ」

かなり意外だった。そういうことは興味なさそうなのに、とつい思ってしまう。机の上を見ると可愛いオールマイトの顔が三つ。
紙はこれも飯田くんの持参らしく、きっちりプラスチックのケースに入っていたところから二枚頂いて折り始める。轟くんも含めて周りの四人がやたらじっと手元を見てくるものだから、気まずくなって何か話でもしててくれないかな、とちらりと思った。それが届いたのではないだろうが、轟くんが飯田くんに問いかけた。

「なんで急にこんなこと言い出したんだ」
「以前緑谷くんと轟くんが話しているのを聞いていたからな。轟くんが泣くほどの難作には興味がある」
「な、泣いたっ?」
「昔の話だ」

びっくりして一瞬手が止まったが、轟くんはちょっと顔をしかめてぴしゃりと言い切ってしまった。彼にも恥ずかしいと感じるところはあるのかと、これもちょっと可愛いなぁと内心で呟く。

「ああそうだ。御守くんに聞いてみたかったんだが」
「うん?なに?」

飯田くんとは初対面なのに、聞いてみたかったこととは。不思議に思って顔をあげると、飯田くんが続ける。

「以前轟くんが持っていたお守りは、君が作ったものなのだろう?」
「赤色のやつだったら、そうだよ」
「あの中に、どうしてオールマイトの折り紙を入れていたんだ?」
「へっ?」

声が裏返ってしまった。意外なところを、というか痛いところを突かれた。本当のことは言えない――言うと恥ずかしさで本当に死ねる――しかも当の轟くんが、なんだか興味ありげに答えを待っている様子。やめてほしい。
ちょっと動揺したのを隠す意もあって、一度あげた視線をもう一度手元に戻した。

「それは、別に……オールマイトって強いから、なんとなく、ご利益ありそうじゃない?」
「なんかわかるー。オールマイトだもんね」

当たり障りない答えをすれば、麗日さんが自然に同意してくれたのでよかった。そうか、と飯田くんは一言。あまり重要な意味はなかったのだろうか。

「それって、他のヒーローのバージョンはないの?」
「うーん、調べて出てくれば作れるけど。あ、飯田くん、ここの折り目が重要だから、気をつけるといいよ」

緑谷くんの質問に答えながら、飯田くんにオールマイト作りのコツを教える。ふむふむと話を聞いている飯田くんは、こんな折り紙にも真面目に取り組むあたり、いい人なんだろうなあと思える。

「他のヒーローだとね……一応、エンデヴァーさん作れるよ」

オールマイトの次ならエンデヴァーだろうと安易に考えて口に出した。が、すぐにハッとして視線を彼に向けた。
一瞬目を細めていた轟くんだったが、私が顔を上げたのをみて不思議そうに首を傾げた。

「なんだ?」
「あ、ううん……」

思ったより変な反応はしていなかった。焦った……エンデヴァーさんの名前を出して、彼にも“あの時の彼女”のように怒られたらショックで泣く自信がある。はあ、と気づかれない程度に小さくため息を吐いた。
あからさまに嫌そうな顔をしないあたり、彼の中で何か折り合いがついたのかな。だったら、いいな。

「……インゲニウムは折れないだろうか」
「インゲニウム?」

飯田くんがそんなことを言うので、首を傾げた。インゲニウムかぁ。

「確か折り方どっかにあった気がする……」
「折れるのか!」
「うん、多分。調べたら出てくると思うよ」

飯田くんがとても嬉しそうにした。また、緑谷くんもへえ!と声をあげてスマホをぽちぽちし始めた。

「飯田くん、インゲニウム好きなの?」
「ああ。俺の兄なんだ」
「えっそうなんだ!?すごいね!」

言われてみれば、確か飯田くんの個性はインゲニウムのと似ていたような。はあ、なるほど、さすが雄英ヒーロー科……と思ったが、つい先日インゲニウムが敵に襲われたというニュースを散々聞いたことを思い出してハッと息を呑む。彼も私が何に気づいたかわかったようで、しかしまっすぐな目で言う。

「ああ、すごい人さ。今度見舞いに行く時、少しでもご利益のありそうなものを渡したいと思ってな」
「そ、か。だからオールマイトなんだね」

きっと色々、私にはわからないことがあったんだろうな。そうして、彼は悲しみややるせなさを乗り越えたんだろうな。そんなことがこちらにも伝わってきて、私はそれ以上何も言わなかった。

代わりに、私がいつもやっているおまじないを飯田くんにも教えることにする。

「できた、オールマイト」
『おおー』
「そ、そんなにいいものじゃないからね……」

飯田くん達三人が大げさに感嘆の声を出すから、思わず苦笑する。轟くんまで声には出さないまでもじっと私の作ったオールマイトを見つめるのはやめてほしい。マジックで書き込んだ顔だって、きっと本物から授業まで受けている彼らにとっては可愛らしすぎるだろう。

「緑谷くん、インゲニウムの折り方わかった?」
「あ、サイトでてきたよ」

緑谷くんがスマホを机の上に置く。白色の紙一枚で作る、これなら簡単に作れそうだ。

「飯田くん、お見舞いに持って行くなら、おまじないを書いておくといいよ」
「おまじない?」
「そう」

ケースからもう一枚紙を引っ張り出して、マジックの細い方のキャップを取った。そして少し考えて、紙の裏側にペンを走らせた。

「『早く良くなりますように』……」
「当たり障りなくてごめんね。自分の思ってる通りに、書けばいいんだよ」

飯田くんは私の書いたメッセージをじっと見ていた。折り始め、メッセージはすぐに内側に折りたたまれた。サイトの手順通りに折っていき、やがてインゲニウムの横顔を模した折り紙が完成した。
インゲニウムの顔ってどんな感じだったっけ……うろ覚えで思い出しながら、カッコいい四角の目とかヘルメットの形とかをちょっと書き込んでみる。

「ちょっと違うような……」
「目の形もヘルメットの形も間違ってると思うよ」
「えっ、ごめん!」

親族の前で大変な間違いを犯してしまった。緑谷くんの苦笑交じりの指摘に焦ったが、飯田くんは大丈夫だとあまり気にしていない声色で言ってくれた。
それからマジックを取り上げて、目はこうで、ヘルメットはこうで、ここはもう三度ほど上に傾けて……と私の描いたうろ覚えインゲニウムの顔を修正していった。最終的には輪郭の角度が気に入らなかったようで、ムッと口を引き結んで手を止めた。

「あはは。まあ、気に入らないところがあれば自分で微調整したらいいと思うよ」
「そうだな。これは参考にもらっておいていいか?」
「うん」

とはいえ私もほとんど初めて折ったわけで、あまり参考になるとは思えないけど。そこで午後の授業が始まる予鈴がなったので、もうそんな時間かぁと立ち上がる。

「じゃあ、飯田くん頑張ってね。応援する!」
「ああ、ありがとう御守くん!」

次に会った時は飯田くん、インゲニウム折りの天才にでもなってそう。インゲニウム折りの天才ってなんだ、と自分でツッコミを入れてしまった。
緑谷くんと麗日さんはまたねと笑ってくれて、彼らはやっぱりいい人たちなんだろうなぁと感じた。轟くん、いい友達できたんだなぁ。

「御守」
「あ、え、なに?」

不意に名前を呼ばれて、一瞬慌てる。轟くんは至っていつも通りに見えたが、続く問いは少し不可解。

「いつも、ああやってメッセージを書くのか?」
「え?……うん、よく書くかな」
「……そうか」

それがどうしたんだろうと思ったが、彼もそれ以上は何も言わなかった。



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