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your charm - 08



「八百万。この間教室の前で会ってた女子生徒の、名前とクラス教えてくれ」
「え?ええと、御守さんのことでしょうか?彼女は1年C組の方ですが……」
「御守……わかった」
「はい!?轟さん、彼女に何か……って、行ってしまわれましたわ」


別のクラスに用事があるなんて、初めてのことだ。1-Cと書かれた扉の前に立ってようやく思い至った。緊張なんてする質ではないはずだが……まあ、預かり物をボロボロにしてしまった謝罪をしなければならないという、気の重さは否めない。

八百万から御守という名前だけは聞いてきたが、今この時間に彼女がいるかどうかは別の話というか、いるのだろうか、扉を開いたその向こうに。

何人かの生徒が俺を見ては不思議そうにしているのがわかる。じっと教室の扉を見つめて動きもしないのは不審だという自覚はあるが、どうしたものか。図々しく教室に足を踏み入れてもいいのか、それともこのクラスの人間に声をかけて外に呼び出してもらうのが無難なのか。
内心悶々と悩んでいると、なあ、と少し控えめな声がかけられた。同時に左肩を少しだけ叩かれる。

「……なにしてんの?」

紫色の。普通科の。やっぱり名前は覚えていないが、あの時俺の前で紫色のお守りを落とした男子生徒。

「ずっといるっぽいけど……誰かに用事?呼んでこようか?」
「頼む」

即行で頷く。相手は若干引き気味に、おう、と請け負ってくれた。よかった、知り合いが通りがかって。知り合いってほどにも、面識はないが。

「誰探してんの」
「御守っていう……やつ」
「御守さん?」

俺の告げた名前を繰り返して、相手は首を傾げた。どういう関係?という心の声でも聞こえてきそうだ。

彼はとりあえず、わかったと何も言わずにC組の扉を開いた。そのまま中に入って行って、机に座って何かしていた女子生徒の肩を叩いた。振り返った女子生徒の顔には見覚えがあって、目的の相手に違いなかった。
躊躇いなく声をかける様子を見て、仲いいのか、とちらり過ぎった何とも言えない感情に首を傾げる。
クラスメイト同士仲がいいのは、いい事だろう。なにに引っ掛かりを覚えたんだ、俺は今。

女子生徒は俺の顔を見て目を見開いた。突然訪ねたことについてはバツが悪く、少し会釈してみると焦った様子で同じように返してくれた。
それから男子生徒と二三言やりとりをして、困った表情の彼女は足早に教室から出てきた。俺の前に立った少女は俯きがちに、興味ありげな他のクラスメイト達に居心地が悪そうだった。

「突然悪ぃな」
「う、ううん、それは……いいんだけど……なにか……?」

初めて聞いた声は少し震えているようにさえ思えた。突然知らない男子――しかもお世辞にも人当たりがいいとは言えない――から名指しで呼ばれるなんて、大人しそうな彼女にとってはビビるだろう。申し訳ないのと、少しだけ落ち込んだ気になった。何に落ち込んでいるのかはよくわからない。

「前、八百万と一緒にいたよな?」
「八百万さん……?先々週のこと、かな」

それがどうしたという感じの、戸惑いを見せる声。さていよいよ本題だ。
ポケットに忍ばせた透明な袋、その中のボロボロのお守り袋。隠していても仕方がない、勝手に預かって勝手に壊したのは全面的に俺が悪いのだから。
決心して来たはいいが、さすがに顔が強ばるのは否めない。嫌われるだろう、ただでさえ良い印象なんて持たれていないはずなのに。怒るだろうか、それとも悲しませてしまうだろうか。

早々に言葉を止めた俺を不審に思ったらしい、彼女はようやくちらりと顔を上げて俺を見た。困ったように下がる眉、少し赤らんだ頬、上目遣いに様子を伺う瞳。
初めてちゃんと目にした少女の顔を見て――なぜか、自然と気持ちが凪いだ。

「あの時、お守り、落としただろ」
「お守り……?あっもしかして赤い……!」

思い当たった相手は目を輝かせた。確かにあれは彼女のもので合っていたらしい。
そして更に申し訳なくなる、一瞬にして期待を向けられてしまったのを感じたからだ。相当大事にしていたらしい。

「実は探してて……!あの時だったんだ」
「あ、ああ、それで……――ごめん」

言い訳じみた説明をしかけて、やめた。一番に謝罪の言葉を口にした俺に、彼女は不思議そうに瞬く。
ポケットから袋を引っ張り出して差し出した。赤いそれを見て、今度はその目を大きく見開く。

「早く返せば、よかったんだが……えっと……壊しちまった」

相手の反応を見れず、次第に視線が落ちていく。なんつー歯切れの悪い。ちゃんと謝るって決心して来たくせに、何やってんだ俺は。自分で自分に苛立つが、彼女は押し黙ったままでいる。

「折角、綺麗に作ってあったのに……わるい」
「――……っ、ううん……だ、だいじょうぶ……っ」

やっと返ってきた声はか細く震えていて、続いてすんと鼻をすする音。
……まさかと思って顔を上げると、潤んだ目からぼろぼろ涙を流している少女の姿が。

「な……ごめん!本当、悪かった!えっと……ちゃんと、弁償する!」
「ち……違うのっ、ごめんなさい……大丈夫だから……っ」

ぎょっとして狼狽えた俺に対して、相手は目を擦りながら首を振る。大丈夫、ごめんなさい、ともう一度小さな声で繰り返して、顔を上げる。
頬だけでなく目も、もう顔全体赤くした彼女は、差し出されたままの袋をゆっくり受け取った。堪えきらなかった涙がまた一粒落ちたのを見て、また強い罪悪感が重くのしかかってきた。

まさか泣くとは思わなかった。取り返しのつかないことをしてしまった。元より弁償だの謝罪だのって問題じゃないとは思っていたけれど、状況は予想以上に深刻かもしれない。
彼女は袋の口を開けて、真っ二つになってしまったお守り袋の上半分をつまみ出してじっと見つめる。

「持ってて、くれたんだ」
「……どっか、預けとくべきだった。そうしたら、多分、こんなことには――」


「――ありがとう、持っててくれて」


さっきまでの震える声は嘘のように、今度はしっかりした声が聞こえた。そんな言葉は完全に予想とは真逆であって、俺は一瞬思考が止まった。
お守りの上半分を戻して、彼女は俺を見上げた。また、涙が一つ。

「轟くん、が、無事なら、よかった」

はにかむ表情が、ゆっくり紡がれた言葉が――なぜか、ひどく、懐かしく思えた。
少女は透明な袋の上から、愛おしげに赤色のおまもりを撫でた。

*  *

幼い頃の、もう忘れかけていた夢。オレンジや赤、黄緑や水色。犬や猫、星や花。
色とりどりの“おまもり”の最後は、とてもあっけなかった。

全てのおまもりは、ものの三日で破れてしまったのだ。園指定の黄色いカバンのポケットに、丁寧に直しておいただけなのに。朝幼稚園に到着して、犬も猫も星も花も真っ二つになっていることに気づいた時、幼い俺は案の定泣いた。
そしてあの女の子は、俺が泣くとすぐ側に飛んできてくれた。どうしたの、いたいの悲しいの、と問いかけられて、俺は素直に謝って、破れた折り紙達を両手にのせた。

女の子は少しだけ驚いた顔をして、それらを受け取るとにっこり笑った。

――だいじょうぶだよ、しょーとくん!おまもりはね、しょーとくんのかわりに、こわいことをいっぱいすいとってくれるの。だから、いいの!
――しょーとくんがいたくないなら、よかった!

俺の代わりに痛いことを吸い取った、色とりどりの“おまもり”は彼女の手によってゴミ箱に消えた。
それこそが、最初の“幸せ”の、最期だ。



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