「――やっぱ八百万はオッパイ!以上!」
峰田がふんすと言い切ったのを聞いて、両腕の枕から少し顔を上げた。
さっきからクラスメイトの女子のどこがイイだか難点だか、そんな話をしているのは聞こえていたけど。目を向けてみれば、俺の前の席――つまり今話題に上った八百万の席――には上鳴が座っていて、その前の席の峰田、それから近場にいたらしい緑谷とか飯田とか轟とか。なんだ意外と大人数で、しょうもない話をしていたらしい。
ぼーっと彼らの状況を把握しようと眺めていれば、不意に目の前の上鳴が振り返った。
「なあ、夢野は好みの女子とかいねえの?」
聞かれて首を傾げた。好みの女子とは。考えたこともなかったな。
「……うん?」
「あー、はいはい。相変わらず話聞いてねえなぁ」
話は聞いていたんだけどな。
どうも俺は話を聞いていないように見えるらしい。確かにぼーっとしていることは多い。多分、頭の回転が少し遅いんだと思う。質問を受けてから意味を理解して、その答えを自分の中に用意するのに時間がかかる。その間に呆れて離れられてしまうこともままあった。
そんな俺でもハブられることもなく、いい奴ばかりの環境で育ってきたこともあって、今のところ改善される気配がない。
上鳴は呆れたっぽく笑って、今度は轟に同じ質問をし始めた。まあ、答える必要がなくなったのはありがたいかも。
「別に好みとかねえけど……八百万はいつもさすがだなって思う。個性強ぇし、頭良いし」
「そーいうこと言ってんじゃねーよ!」
「いや待て、つまり優等生タイプが好みってことじゃねえのか!」
「ちげーよ」
うちのクラス最強イケメンの轟からしても、やっぱり八百万は推しっぽい。
そりゃそうだ、強くて頭良くて、親切で丁寧でハキハキしててカッコイイ。
好みの女子とは。人に興味を持ったこともほとんどなかったので、さらに女子と来られては困ってしまう。
そもそも好みってのがピンとこない。しかもクラスの女子でしょ?みんなはとっくに八百万の話なんか打ち切ってしまって、今度は耳郎の女の子らしさについて談義を始めていた――上鳴、そんな事言ったらプラグぶっ刺されそうだ――……八百万も、女の子らしい子だと思うんだけどな――うーん、女子の好みとは?
ガラッと扉が開いて、女子達がきゃっきゃお喋りしながら戻ってきた。うちのクラスには女子が少ないので、自然と彼女らは仲良しだ。
昼休みも中盤の数分前、葉隠が中庭で猫の親子見つけたよー!って駆け込んできたのを受け、揃って外に出て行った。
女子を精査していた奴らは途端にバツが悪そうに、授業の準備のために机についたりロッカーに向かったりし始めた。
峰田と上鳴がそそくさと教室から出て行ったのを見ていたらしい、席に戻ってきた八百万は不思議そうに二人の背を見やって首を傾げた。
「夢野さん、彼らとお話しされていたのですか?」
「ん?……うーん……あんまり」
「あんまりって何ですか」
少し考えてから答えると、八百万は呆れた風にしながらくすりと笑った。さっき上鳴にも同じ反応されたなぁ。
八百万はあまり気にした風もなく、上鳴の座っていた席について教科書の準備を始めた。
八百万はオッパイ!以上!――って峰田は言ってたけど。
八百万は控えめに笑うの、知らないのかなぁ。
* *
「――夢野!」
あ、と思った時には教壇の上で相澤先生が顔をしかめていた。
「また寝てやがったな」
「……寝ては、ないです」
「授業聞いてなきゃ一緒だ」
それもそうだ、正論。少しバツが悪くて頬をかく。
教科書なんちゃらページの問題いくつをやってるとかやってないとか口頭で答えろとかなんとか?ちょっと先生が早口で聞き取れなかった。怒らせちゃったかなぁ。相澤先生は無駄事が嫌いで、俺のことは少し苦手っぽい。
とりあえずその問題は俺用に後回しにされて――ってことは多分答えろってことだ――別の問題を他の人に当て始めた。えーっと、とやっとこさ教科書を開き、ぱらぱらとページを探し始めると、八百万がちらりと振り返った。
「24ページの練習問題ですわ。夢野さんは2問目の3番」
と、ひそひそ声で教えてくれた。
少し目を瞬いてから、言われた通りのページを開いた。2問目の3番。しばし眺めたら理解できたので、そのタイミングで丁度先生に再度指名され答えたら正解だった。
ちゃんと起きとけよと釘を刺されて、先生はまた教科書の続きを説明にかかる。
とっくに前を向き直っていた八百万に、お礼を言ってないのを思い出した。あー、どうしよう。さっき言えばよかったな。今さら声かけたら迷惑かけちゃうかなぁ。
うーんと迷いながら、彼女の後ろ姿を眺める。
姿勢いいんだよね、八百万って。ぴんと背筋伸ばしてて、元々女子にしては背が高いものだから、おっきなポニーテールも相まって俺の視界を遮ってたり。その髪も綺麗な真っ黒で、サラサラのフワフワだからつい見とれちゃう。先生に質問する時は、あの飯田にも負けないくらいビシッと高く腕を伸ばす。手長いなぁ、ていうか肌白い。最近制服の衣替えがあって、白のブラウスは半袖になってる。
「――おい夢野!」
「あ」
「言ったそばから寝やがって……」
「寝てないです」
「やかましい」
八百万が真面目に質問しちゃって相澤先生がこっち見たからバレた。寝てはない、本当。ちょっとぼーっとして、授業が耳に入らなかっただけ。
だけど、なにがそんな気になってんだろ?
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