初めて会ったのは中一の春頃だったか。今では遠い記憶にすら思える。
帰宅途中の通学路、比較的人通りの少ない市道。でっかい工場の裏手になっていて、いかにも犯罪者の好みそうなロケーションってやつ。
歩道に乗り上げるように白いバンが止まっていたのを不思議に思い目をやれば、まさに目の前で同じ中学の女子生徒が犯罪に巻き込まれようとしていた。
「嫌ッ、離して……!」
「怖くない怖くない、大人しくしろ!」
今思い出せばベタすぎる状況なのだけど、本物の犯罪なんか無縁だったいたいけな中一の俺は、その時正直ビビった。
しかしそんなこと、あの同じ年頃の女の子を見捨てる言い訳になるはずもない。
「おいおっさん!!」
「あっ!?んだこのガキ――」
咄嗟に個性を使ったのは、ビビった中学生にしては上出来だった。
「どっかいけ!二度と現れるな!」
まあ、この命令は少し短絡的すぎたなと今なら思う。俺の言葉に従って白いバンに乗り込んで走って行ったおっさんは、その後どうなったのだか。警察まで行って自首させるなんて機転は無く、とにかく俺達がその場で助かることだけ考えていた。
女の子は呆然と去っていく白い車体を見送っていたが、俺がおずおずと大丈夫かと尋ねると、急に糸が切れたように泣きだした。
白い頬を真っ赤にして、大きな黒目がちの瞳からぽろぽろ涙を流す可愛い顔の女の子。いたいけなあの頃の俺はどうしようと狼狽えて、結局彼女が落ち着くまで隣にいた。
* *
あの時彼女を助けたことは後悔も何もしていない。なんたって俺も平和な社会を願うヒーロー志望の学生である。人助けは当然のこと。
――ただ。
「うっわー。心操、またガリ勉してんの?超ウケるんだけど〜!」
高い声でケラケラ笑う女子生徒が、ガタッと音を立てて俺の机の端に尻をのせる。必要以上に丈を短くしたスカートを翻し、足を組んで勝手に椅子にしてやがる。
机に広げていた参考書を奪い去り、ばらばらっと興味無さげな顔でページをめくる。そしてふんっと鼻を鳴らし、ばしんと参考書を閉じた。
「心操さ、ホント無駄なことすんのやめたらぁ?見てて可哀想で、私涙出ちゃう!」
嫌味を言いながら嘲笑を浮かべるお綺麗な顔立ちを、俺はただ見上げるだけ。
「……参考書返せよ」
「あはっ、じゃあ千円ちょーだいよ。私ら今からカラオケ行くんだ」
なんで俺がお前らの放課後のカラオケ代なんか払わなきゃならないのか。こいつの言葉は毎度毎度、こう底意地が悪い。
しかし性格最悪のこの女は、そういう正論の反論をすると逆ギレするタイプである。中学三年になった俺は既にその点を十分理解している。
「夢子ー!なにしてんのー?」
「カワイソーなシンソーくんの相手してあげてんのー!」
教室の外からかかった友人の声に、彼女は相変わらず高い声で応える。俺はバレないように小さくため息をついて、制服のスラックスのポケットから薄い財布を取り出した。
「また心操に絡んでんのかよー!アンタむしろ心操のこと好きなんじゃねー?」
「ハァ!?んなわけないし!まじふざけんなよ!」
「おい」
「何!?」
友人の冗談の煽りに即キレだす沸点の低い女である。声をかけるとその不機嫌のままこちらを向いたので、無言で千円札一枚突きつけた。
「うるさいから、さっさと帰れ」
夢野は一瞬身を凍らせたように見えた。不思議に思った次の瞬間にはキッと眦を釣り上げたので、見間違いだったかもしれない。
「っとに!アンタの金なんていらないっつのバッカじゃないの!?」
苛立たしげに怒鳴り、机に叩きつけるように参考書を放り出した夢野は、チッと舌打ちを一つ。短いスカートを翻して俺の机から離れ、ニヤニヤ笑っている友人達に紛れて昇降口の方へ向かって消えていった。
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