「本当にありがとう!助かったよ……」
「いやいや、俺何もしてねえし!」
大柄な男子は意外とおっとりした男子だった。十分間の実技試験も終わり、雄英高校の誇るリカバリーガールの治療で傷病者も無事に、雄英高校ヒーロー科の実技入試は終了した。
最後の最後、0点仮想敵の前に飛び出した切島だったが、あんな巨体をぶっ飛ばすほどの個性ではない。となればと練った策は、敵の足元に飛び込み、硬化した身体で足を突き破り動きを止めることだった。仮想敵はぎいいっと足を止め、その隙に少年達の移動に手を貸して、なんとか戦線を離脱できたという形である。その直後、終了のブザーが鳴った。
切島が最後に助けた女子や、少年に助けられていた大柄な彼は何度も切島に感謝の言葉を告げて去っていった。治療を受けたとはいえ、早く戻って休んだ方がいいに決まっている。
さて、と切島は辺りを見渡した。目的の人物はすぐに見つかる。少年は切島のすぐ近くにいて、じっとこちらの様子を伺っていた。
「よう!お疲れ!」
気のいい笑顔で少年に歩み寄り、そう声をかけてみた。相手はそんな切島を無表情に見上げる。
最初に見た時はあんなに慈愛に満ちた笑顔だったのに、オンオフで性格変わるタイプか?――と切島が不思議に思った時、やっと少年は切島に向けて口を開いた。
「――なに勝手なことしてくれたわけ?」
「……ん?」
「お前の助けなんて要らなかったんだっつの」
少年はそう言うと、不機嫌そうに顔をしかめた。もう少し友好的だと予想していた切島は思わず硬直する。そんな切島に対して、少年は更に言葉を連ねた。
「余計なことしやがって。おかげで骨折り損だっての、ふざけんなよマジで。あのデカイ奴重かったっつーのに、しかも0ポイントが出てきて、ほんと俺めっちゃ頑張ったんだぞ。なのにお前が飛び出してくるから、結局お前の手柄みたいになってんじゃねえか。どう考えても俺だろ、俺が一番感謝されるべきだろ!」
「ちょ、ちょっと落ち着けって」
「はあ?お前が勝手なことしなきゃなァ、俺が一番だったんだよ!調子乗ってんじゃねえぞ、横取り野郎が!」
「横取り!?いやだから、何言ってんのお前!」
とにかく、少年がやたら切島のことを嫌っているのはわかった。しかし、一応加勢したんだから、感謝こそされても嫌われる覚えはないのだが。
「何じゃねえよ、アホ」
少年は忌々しげに呟き、こう続けた。
「――俺は『ありがとう』って言わせて、そいつより優位に立ちてェの!そいつに敬われるために人助けすんの!!お前が横入りするから、アイツら俺よりお前に感謝しただろ、それじゃあ俺はお前より下なんだよ!」
あの時、少女の手当をして、安心させるような笑顔を見せていた奴とは思えない。そんな形相で怒鳴り散らした少年は、まだ怒り冷めやらぬ様子でクソが!と吐き捨てると、挨拶もなく切島に背を向けて歩き出した。
しばし彼の剣幕に気圧されて呆然としていた切島だったが、やがて彼の言葉をやっと理解すると唖然とした表情で一人叫んだ。
「――なんだアイツ!!全ッッ然男らしくねえ――!!」
* *
数ヵ月後、同じ教室で顔を合わせた二人は互いに顔をしかめた。今年の入試成績の中で、救助ポイントが一番多かったのが彼だったと聞いた切島は、釈然としない思いに狩られる。
納得いかねえ、あんな理由、俺はヒーローとして認めねえぞ!
慈愛に満ちたエゴイスト