「さてと、轟先輩何か追加注文します?そばありますよ、おそば」
「ん」
「すみませーん!ざるそばと枝豆一つー!」
枝豆。あいよーっと威勢のいい返事と被せて、俺はまた深くため息をついた。
「なんですかそのため息」
「……お前さ、女子力ないよな」
「失礼ですね突然」
「突然ではないだろ」
座敷で胡座はかくわ、食事の席でスマホいじるわ、ビールは大口で煽るし、つまみに枝豆頼むし。おっさんかよ。まだ二十歳ちょっとだろ。
そして女子力が低いと言われても非難するのは口だけで、言いながら箸で唐揚げを一つ取る。一番でかいの持っていきやがった、普通男に譲るものなんじゃないのか。
「私の女子力なんて、ショート事務所の躍進に関係無いので」
居酒屋の唐揚げおいし〜、とにこにこ。笑顔は幼くて可愛らしいのに、それが自然に出るタイミングは美味いもん食った時か、ショート活躍のニュースが大々的に取り上げられている時くらいだ。
「ていうか、轟先輩、女子力なんて言葉知ってるんですね」
「馬鹿にすんな」
夢子は俺を世間知らずのお坊ちゃんだと思っている節がある。卒業時、『ちゃんとエンデヴァー事務所で扱かれといてください!社会常識を身につけるのです!』なんて生意気に言われたのは、未だひっそりと根に持っている。
俺は言われた通りにエンデヴァー事務所で五年間サイドキックを務め、そして先日ようやく、自分の事務所を立ち上げた。卒業後別のヒーロー事務所に就職していた夢子から、『時は来ました!』なんて抽象的な言葉で連れ出されたとも言える。曰く、最初は思い切りが肝心らしい。
それから約一年が経つが、確かに夢子が予想した通り、若手ヒーロー・ショートの名前は着々と人気を得ている。先日発表されたランキングでは、同年代のヒーローを抑えた五位にランクイン。『来年には、一番大きく名前が載りますよ』彼女の確信した声を聞くと、こちらもそんな気がしてくるから不思議だ。
「いいんですよ。女の子を見る目は養っといて下さいね」
突然夢子がそんなことを言うものだから、思わず目を瞬く。
「ショート人気のメイン層は若い女性達です。轟先輩って確か女性経験少ないですよね、変なファンに騙されるのだけはナシですよ。ヒーローとしても男としても落胆されますから」
「ねーよ、そんなこと」
「さあーわかりませんよ!?」
夢子はカッと目を見開き、ばっと机上のスマホを取って目にも留まらぬ速度で何か打ち込んだ。そして俺にまた、見慣れたSNSアプリの検索結果を見せつける。
「なんたって、あの爆豪さんが婚約なんかする時代ですからね!轟先輩にもそんな話が転がり込んできてもおかしくありません!」
その言い方、爆豪に聞かれてたら即爆破だな。そして何気に俺に対しても失礼だ。
画面に出されたのは、爆豪と女のツーショットである。前者は写真に撮られ心底不機嫌そうであり、後者はそんな彼の肩を叩きながらも幸せそうに笑っている。どちらも高校時代のクラスメイトであり、付き合っていたのは周知だったので今更珍しくもないのだが、世間からすれば相当な衝撃だったようだ。『あの敵向きヒーローが!?』『意外と一途!』なんていう驚きの言葉と、『お幸せに!』という祝いの言葉が並んでいた。
「あいつらは昔からの付き合いだろ」
「まあそうですよね。私もいつ来るかと思ってました。そしてこのタイミング……私達にも無関係ではないんですよ!?」
私達。その言い方に一瞬どきりとしたが、続く言葉から、そんな期待通りにいくわけがないと再確認させられる。
「爆豪さんの意外な一途さ、真面目さ。そのギャップが公表されたことにより、彼のヒーローとしての評価が上がるのは確実です。なにより既婚者というのは安定性を感じさせますからね。今までは競合しなかったターゲット層が少し被ってしまいます。安定したヒーローを好む女性も多いですから」
「は?結婚なんてヒーローに関係ないだろ」
「これだからヒーロー科出身者は!自分達の立場をわかっていない!」
経営科出身者は語る。
前<<|>>次