日直の当番が被ったとか、そんな理由だったと思う。あまり覚えていないが、とにかく俺と夢子は教室で二人きりで、机を挟んで向かい合っていた。
「私ね、自分の個性が嫌いなの」
どういう会話の流れだったかも忘れた。とにかく夢子はそう零して、そんな自分に驚いたように日誌を書く手を止めた。
ああそう、やっぱり日直だった。俺は夢子の言葉に少し驚いたが、そうか、とかそんな簡単な返事をしたと記憶している。
「あ、あ、えっと……単にね、なんか、女の子らしくないでしょ。そういう話」
夢子の個性は『肉体強化』。緑谷と似てるけど、身体を壊さない代わりに力はちょっと弱い。
とはいえ、そこらの男が数人合わさっても彼女の力には敵わない――はず。少なくとも俺の認識ではそう。
「個性に女らしいとかあるのか」
「あると思う、ミッドナイト先生とかそうでしょう」
わかるような、わからないような。個性は個性なんだから、別に、何らしいとかいう話じゃないだろう。
俺はそう思ったが、夢子は続ける。
「爆豪くんとか障子くんとかは、男の子らしくてかっこいいよね」
「個性の話だよな?」
「うん?そうだよ?」
思わずそんな確認をとってしまったのは、唯一勝てない女子生徒として少なからず夢子を特別な位置に置いていたからだろう。
その時は別に甘い感情として捉えてはいなかったが、今思えば、予兆ではあったのかもしれない。
「じゃあ、女らしい個性って、誰だよ」
「うーん……そう言われれば、確かに、ヒーロー科の子達は意外と女の子らしい感じじゃないね」
強いて言えば、耳郎さんとか麗日さん?と疑問形にされても、その感性はやっぱり俺にはピンと来なかった。
「でもね、ほら、みんなヒーローらしくて、かっこいいと思う」
「……そうか」
「轟くんの個性は、特にね、いいと思う。一番ヒーローらしいと思う。素敵だね」
「……そうか?」
その感性は、なんというか、親父の影響な気がした。高校一年の頃はそれを素直に喜べるような気概はなかったので、礼を言うことができなかった。
今なら、ありがとうって言って、その言葉に恥じないようなヒーローになると答えるだろう。長いか。
でもその頃の俺の答えが、その頃の夢子を捕まえるきっかけになったので、多分間違った答えではなかった。
「……俺も自分の個性、半分嫌いだったけど、さ」
「そうだったんだ」
体育祭は過ぎていたが、詳しい事情なんて緑谷にしか話していないから、他のクラスメイトはよく知らなかったはずだ。夢子も意外そうにした。
「ああ。最近、ちょっとマシだ」
「そっか、それはいいことだと思う」
「だから、今だから言えるけどさ――辛いよな、自分の個性が嫌いって」
――自分の中に、嫌いなものが常に付きまとうのって、辛いよな。
それまで俺は、その思いをバネにして這い上がってきたと思っていたけど。受け入れた途端、やっぱり救われた気になったのは、本当はしんどかったってことの裏返しだった。
だからこそ、自分の個性が嫌いだって言う、夢子に親身になった。
夢子を助けたいと思った。多分、一番初めはこの時だ。
「……うん」
夢子はしばしきょとんとした顔を見せたが、やがて小さく頷いた。そして、ぽろぽろと泣きだした。
「辛い、辛いんだと思う。そっか、そっか……私、とっても悲しいの」
「……夢野の個性、俺はいいと思う。ヒーローらしいと、思う」
「……ありがとう、轟くん優しいね」
夢子に笑って欲しいと思った。
多分、一番初めはこの時だ。
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