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光は - 03



バシンッともガンッともつかない強い音は、白い病室に似合わなかった。

ベッドの上で本を開いていた天喰が肩を震わせて目をやると、扉に手をかけたままの彼女が立っていた。
思わず目を丸くして、一秒ほど凝視してしまった。すぐにいつものあがり症が発症して、ゆっくり視線を外そうとしたところで。

「――目ェ逸らすなや!!」

ビクッと身体の芯から震わせるような、ドスの効いた声だった。

信じられない思いのままにもう一度目を戻すと、夢子はずんずんと室内に足を踏み入れ天喰のベッドの隣に立った。近い、そしてずっと目が合ってる、離すのを許さない強い目が怖い。
顔を真っ赤にして目を潤ませている彼女が怒っていることなど、疑う余地もない。

「……なあ先輩、私が怒っとんの、ようわかりますやんね?」

口調はまだ一応敬語らしいが、低い声は穏やかさの欠片もない。目も一切外さない。

「なんで怒ってんのかわかってます?」
「え、と……」

実のところよくわかっていない。というか、恐怖と緊張と羞恥と逃げ出したい気持ちとその他もろもろで頭が回らない。とにかく必死に目線だけは外さない。今度こそどんな惨事が起きるかと想像させる気迫があった。
天喰が黙ったまま首を横にも縦にも振らないので、更に夢子の機嫌が降下していく。

「ぜんっぜん知りませんでしたわ。おっちゃんらがヤクザもんに特攻しかけるとか、先輩が作戦に参加するとか……」

八斎會への殴り込みは当然極秘の仕事であって、いくら事務所職員の娘とはいえ知り得るはずがない。

「そんな風にボロボロなって帰ってきたとか……っちゅーか、知るわけあらへんやん。簡単に来れる距離ともちゃうわこんなとこ」

雄英高校の近くの病院にて入院とのことになった。夢子の暮らす関西からは、当然新幹線に乗るほどの距離である。
――となれば、なんでこんなところに彼女が?
もっともな疑問が一瞬浮かんだ。回っていなかった頭がやっと動き出したようだ。

と思ったら。

「先輩ってホンマきっついわ。いっつも……なんも、言うてくれんし!」

ぽろ、と一粒落ちて、天喰の思考はまた止まった。
逸らすことを一切許さなかった目から、ついに次から次と涙が落ちていく。

「私がなんも傷ついてへんと思ったら大間違いやからなッ!距離とられて、目合わんくて、笑ってもくれへんの、なんとも思ってないわけあらへんやんか!」

先に目を離したのは、結局彼女の方だった。止まらない涙を意外と乱暴に拭いながら、天喰を責める言葉も止まらない様子で。

「アンタほんましょーもないわ!目付きめっちゃ悪いし、そのくせいつもおどおどしとるし、声ちっさいし、全ッ然頼りないし!」

数々の悪口に傷つくことはなかった。そんな余裕もなかったし、彼女の涙声に混じる感情が段々と怒りから別のものに変わっていくのもわかってしまった。

「なんで……なんで環くんが、そんななるまで頑張らなあかんの!」

――猫被り。
ようやく、天喰は彼女の本性を知った気がした。

「環くんなんかそんなしょーもないくせに、なんでボロボロになるまで無理すんの!アンタらまだ学生やんか!そんなん他の大人に任せたらええのに、なんで危ないことすんのよ!環くんも、環くんのお友達も後輩も……みんなアホちゃう!?」

話を聞いたのだろう。天喰達三年生も、同じ作戦に参加した一年生の後輩達もいて、混乱した戦いになって、学生だのプロだの言ってられない状況だったこと。天喰が断じて、指示を受けたから意志に反して身を投げ出したわけじゃないことも。だから責めたのは監督責任のある大人達ではなかったし、天喰だけでもなかった。

それでも、割り切れるほど大人ではない。
彼女は天喰より三つも下の女の子で――そしてこんなに激しく、彼が大事だと訴えてくれる人だった。

「環くんが、入院って聞いて、私がどんな気持ちになったかわかる!?」
「……夢子、ちゃん」

あまりに慣れない響きだった。取って付けた敬称の語尾が震える。
思えば出会ってから今まで、彼女の名前を呼んだことはなかったかもしれない。そのことも、もしかしたら、傷つけてしまっていたかもしれないな。

目元を擦り続ける手に触れると、相手も小さく肩を揺らした。天喰の手はこれまた緊張で震えていて、少女の手を握ることはできない。精一杯、つまむようにして引くと、すっかり赤くなってしまった目が現れた。また小さな雫が落ちたのを見て、胸の奥の方が焼けるように痛んだ。

「ありがとう……」

囁くような声になってしまった。彼女の耳には届いたようで一瞬目を見開いたが、頬を染めながらも夢子は眉を寄せた。

「なんなんそれ……答えになっとらんし……」

それもそうだ。さすがにここまでくれば天喰にもわかっている。
あんなに怒って現れた理由も、涙声に混じる感情も、全くあずかり知らぬ場所で天喰が倒れたと知った時の、彼女の焦燥も。

今度はきちんと答えなければ。目を合わせることも、言葉を紡ぐことも、触れられるほどの距離も、指先で感じるどちらのものとも言えない震えも、体温も、どれをとってもノミの心臓にはいっぱいいっぱいではあるけれど。

「心配、させて……ごめん」

その言葉で、夢子はぐっと唇をかんだ。天喰がつまんでいない方の腕でもう一度だけ目元を拭う。

「……天喰先輩、表情よう変わらんくせに、そうやって目だけ優しぃすんの狙ってやってます?」

突然言われた言葉に目を瞬かせる。夢子はそんな彼を見て、小さく息をつくとまだ赤いままの目元を緩めて笑った。

「きっついわぁホンマ……そんなやから、私みたいなんに好かれちゃうんやで、先輩」

それは花が風に揺れたような、眩しいのにいつまでも見ていたくなるような、彼女の笑顔だった。

君を咲かせる光は、僕の瞳に宿ったらしい



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