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光は - 02



初めて夢子を見た時、彼女は顔をしかめて努めて気丈に振舞っていた。
インターン活動中の天喰が偶然目をやった路地に少し入ったところで、年上の高校生らしい男三人組にニヤニヤ見下ろされている状況は明らかに穏やかではない。ファットガムと天喰がいたのは彼らのいる路地とは車の行き交う広い道路を挟んだ向かい側で、すぐ近くに横断歩道はなかった。

足を止めた天喰に気付いてファットガムが振り返る。
一瞬判断に迷たが、目の前を大きなトラックが通り過ぎた次のシーンで、男の一人が少女の手首を掴んでいるのが見えた時天喰は動きだした。

その日もちょうど直前にファットガムからたこ焼きを奢られていた。腕からずるりと伸びた赤い脚で地面を叩くと、軽い地響きが起きてファットガム含め周囲の人間が何事かと天喰を見やる。平時であれば身を竦ませたかもしれない視線も、その時ばかりは気にならなかった。
広い道路も一息に飛び越える力で、天喰は正確に少女らのすぐ近くに降り立った。男の三人組は突然のことに目を白黒させたが、コスチューム姿の天喰を見てすぐにヒーローだと判断したらしかった。

慌てて少女の手を離したところで、天喰が彼らをさっと一瞥すると血相を変えて逃げ出した。
大方天喰の鋭い目付きが効果的だったのだろう……ちょっと注意する程度のつもりだったのに。

何も犯罪をおかしたわけじゃない一般人を威嚇するのはヒーローの風上にもおけない。天喰が内心激しい自己嫌悪に襲われたところで、急いで駆けてきたファットガムが天喰に追いつく。

「環ィ!なに勝手な行動しとんねん!」
「う……」

活動中は基本ヒーローネームで呼ばれるのだが、ファットガムも突然のことで慌てていたらしい。お世話になっている相手からも責められ、天喰の気分はガンガン落ち込んでいく。

そんな天喰に助け舟を出したのは、当然その場に残るあと一人。

「ちょ、おっちゃん!ちゃうよ、この人、私のこと助けてくれたの!」

ファットガムのことをおっちゃんなんて呼び方をしたことにも、助けてくれたと評されたことにも驚いた。
天喰は改めて少女を見る。すると彼女は天喰の目を見て、にっこりと、花が咲くような笑顔を見せた。

「ありがとうございました!えっと……たしか、サンイーターって言うんでしたっけ」
「え」

更に驚くべきことに、天喰のヒーローネームまで知っていた。
しかしその疑問にはすぐに答えが出ることになる。

「なんやお前かいな……あんな環、こいつワイの姪っ子で、夢子言うんや」
「夢野夢子です!」

色々追いつけなくて、一瞬意識さえ飛んだ気がする。

*  *

ヒーロー志望の中学三年生。第一志望は天喰も通う天下の雄英高校ヒーロー科。毎週末は塾に通っており、天喰が見かけたナンパ現場は塾からの帰宅途中に起こったハプニングらしい。
父親はファットガムの兄で、今は事務所の職員をしている。事の次第を聞いた彼が娘を心配して、帰りが遅くなる日は当面塾まで迎えに行くことにしたらしい。ちなみに、当面と言っていたそれは結局三ヶ月経っても継続中。

で、日曜日の夜は丁度彼女の帰宅時間と天喰の新幹線の時間が重なる。その関係で、天喰はほぼ毎回インターンシップの終わりに女子中学生の隣に座って駅まで向かわねばならないわけだった。

――別に、嫌というわけではない。
ただ、ノミの心臓に悪いというだけ。

年下の女の子なんて、天喰にとって一番対処法のわからない相手である。基本的に、ビビられる以外の反応を返されたことがない。
しかし夢子は出会った経緯のせいか――だとしても一般人を睨んで退散させたのを見て懐くというのもよくわからないが――天喰に常に好意的だった。

にこにこ笑う笑顔は太陽みたいだ。親友のそれが熱いエネルギーに満ちた光だとすれば、彼女のは春の輝きのような。
明るい性格が彼女自身を照らして、花が咲くように綺麗に笑う。

天喰が押し黙っている会話なんて到底面白いとは思えないが、その間中も時間を惜しむように楽しげに話す。別れる時には残念そうにして、また、と次回の約束を取り付ける時は既に待ち遠しいというように目を輝かせる。

――『あんなんあからさますぎるわ!環もさすがにわかるやろあれ。夢子ってほんま、お前の前やと猫被りすぎで気持ち悪いわ』

ファットガムが呆れたように言っていた。猫被りと言われても、天喰はその彼女しか見たことがないのでわからない。が、問題はそこではなく。
夢野夢子、恋する乙女仮説。残念ながら、卑屈にすぎる天喰でさえ、その仮説を否定しきれないくらいの態度。彼女が自分を好き――かもしれないという事実。

チョコレートが大丈夫かとやけに念押ししてくると思ったら、次の週には『作ってみたので帰りの新幹線ででも食べてください!』と手作りのカップケーキを渡されてしまった。

ノミの心臓の鼓動が速まるのも、仕方がないと天喰は思う。
天喰環、恋する少年仮説は――今のところ、見て見ぬふりをしている。



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