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非合理の花束 - 04



ふと目が覚めた。ということは、いつの間にか眠っていたらしい。
だるい身体を起こしてカーテンを開くと、すでに空は藍色に暮れていた。嘘でしょ、一日寝てた?

とにかく何かお腹に入れよう。消太さんの朝食を心配した記憶がおぼろげにあるのに、当の自分は朝も昼も抜いてしまった。
冷蔵庫の中、って、何もない……そりゃそうだ、いつも消太さんの家で料理していたから、余り物も食材も調理器具のいくつかでさえ、彼の家に置いたまま。
買い物に行くしかないな、もしくはもう外食にしようか。なんだか、料理するのも面倒臭い。だって別に食べて欲しい相手もいないのだから。ついため息がこぼれる。

軽く身支度を整えて、ベッドに放置していたスマホを取り上げる。画面を開けるといくつかの新着メッセージが入っていた。赤い数字の出たアイコンをタップする。

「えっ……!?」

思わず声を漏らして、しばし思考が停止した。一番上にピン留めされたアイコンの隣に、新着を示す赤色。

な、なんで消太さんから?昨日の今日で、一体何を。文章であれば一文ほど隣に表示されるのだけれど、そこには『写真が送られました』というお知らせのみ。
写真、写真?消太さんが写真なんか撮っているの、あんまり見たことないんだけど。

もしかして私の持ち物全部放置したから持って帰れってことだろうか。調理器具も服も鞄も化粧品も、色々持ち込んでしまっている。だからって、別れ話した翌日って気まずくない?いや、消太さんのことだから、無関係の物なら一刻も早く処分するのが合理的だって思ってるのかも。ううーん、そういうところもやっぱり思考が噛み合わない。

とにかく、いくら気まずいからって無視するわけにはいかない。幸い新着はその写真一枚だけらしいので、開いた途端心にグサッとくるような鋭い一言なんかはないはずだ。
大丈夫大丈夫……そしてトーク画面を開いた私は、また思考が停止した。

青紫の、背の高い花。ひらひらした花弁は数枚反り返るように、中心の小さな黄色と白を晒した独特の形。日当たりのいい、花壇の花だろうか。後ろにはピントのぼやけた草地の広場が見えた。

――……んんん?

噛み合わないながら相手の気持ちはきちんと推し量れるような、そのくらいの日々は重ねてきたつもり。しかしそんな私でもってしても、その写真の意図するところがわからない。いやむしろ、だからこそわからない。予想がつかない。
これが逆の立場で、私がこの写真を送るのならば、特に深い意味なんてないだろうと思える。けど、今この写真を送ってきたのは圧倒的合理主義者の消太さんであって、無駄の多い私じゃない。
送信時間は夕方六時。一時間ほど前。学校の授業が終わったくらいの時間?

ポコンッ。
「ひゃっ」

耳慣れた音なのに、思わず肩がびくりと震えた。意図のわからない写真の下に、消太さんのアイコンから吹き出しが一つ現れた。何、このタイミング。

『アヤメっていうらしい』
――……んんんんんん!?

ますますわからない。
アヤメ。一つ前のこの写真の花のこと。そうなんだ、そういえばそうだよね、うん……え、だから!?

昨日の今日でこんな謎のメッセージを送ってくるなんて、何か意味のあることなのだろうか。もしかして暗に何かを示していたりして、花言葉とか!?いや、でもそれこそ彼はそんな面倒なことはしない。言いたいことがあるなら、気まずいとか考えずにストレートに一言突き刺してくるような人だ。

返事をしようか、『だから?』はあまりに冷たすぎる、『綺麗だね』は何の解決にもならない、『そっか』はそれこそ消太さんみたいだし、『別れたんじゃなかったっけ』は私にもダメージが大きすぎる。
だめだ、いい案が思いつかない。消太さんから自発的にメッセージが送られてくるなんてそれこそいつぶりかの出来事で、顔が見えない画面上のやりとりの怖さを久々に実感した。
怒っているのか、特に深く考えてないのか……私のこと、気にかけてくれたのか。判断がつかない。

会いに、行ってみようか。一瞬頭を過ぎった言葉に大きく首を振る。いやいや、それはだめでしょ。別れたくせにのこのこ顔を晒すなんて絶対無理でしょ。非常識でしょ。
そうだ、頭が回らないのはきっとお腹が空いているからだ。何たって今日は何も食べていないんだもの。
そうそう、何か食べに行って、お腹を満たしてから、ゆっくりこのメッセージのことも、今後のことも、考えればいいのだ。彼の家に放置してしまった私物とか、買ってしまったチケットをどう消費するのかとか、うん、色々と。

そう結論を保留して、スマホと財布だけ上着のポケットに入れた。近くのラーメン屋とかでいいや、パッと行ってパッと帰ってこよう。化粧すらしていないが、別に誰にも会いやしないし。
家に放置していた少し古くなってきたスニーカーを履き、マンションのドアを開いた。



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