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ガイスト・ガール - 70



「黙って聞け」

しかし爆豪はすぐにそれを止めた。呆れでもされたかと思ったが、彼の表情は静かに凪いでいてそういう様子でもない。

「二度は言わねーからな」

落ち着いた声。爆豪の低音は不思議とよく響く。じっと見つめる赤い目と同じように、内にある激情が燻るような声だと思う。
その目と声では、わざわざ釘を刺さなくても水を差したり出来ないのに。赤い舌がゆっくりと薄い唇を舐め、ついに爆豪は一度きりの言葉を口にした。


「――好きだ、幽姫」


*  *

その言葉を放った瞬間、幽姫はたれ目がちの黒い瞳を目一杯に見開いて固まった。しばし呼吸の音すら途切れた。
しんと静まり返ったせいで、自分の耳元をごうごう流れる血液の音がうるさく感じた。それから、それ以上に、胸の奥でドクドクと跳ねる鼓動の音。

「…………っは、え?」

一つだけ引きつるような呼吸音がして、震える間抜けな声が幽姫の口からこぼれた。
それと共にやっと彼女の時間が戻って来たようで、真っ白だった肌がポンポンポンッと音でもしそうな勢いで首から耳まで真っ赤に染まった。その様はおかしかったが、笑ってやろうとしても細い息が抜けるだけだった。爆豪はそこでやっと、自分の呼吸まで止まっていたことに気がついた。

「な、何……?え、今何か言った?」
「二度は言わねえつったろ」

明らかに混乱した様子でそんなことを言うので、爆豪はあっさり一蹴する。

「……今ので聞こえてなきゃ、テメエは耳が悪ィんだな」

悪態をつくと、幽姫はまたしばし呆然としてから、真っ赤にした頬を両手で抑えた。
そのまま数瞬あって、やっと幽姫も少し掠れた声で答えた。

「……私も、好き、です。爆豪くん」
「っ……だろーなァ」

その答えは予想していたはずで、返した言葉も余裕ぶってはいたが。一瞬グッと喉元にきた息を飲む感情を押し込めた。
ここで言わなければ、きっと彼女はいつまで経っても爆豪の想いを理解できないに違いないのだから。

「だったら、『死ねる』とか軽々しく言ってんじゃねえよ」

そう言うと、幽姫は未だ赤い顔をあげた。そして眉を下げて笑う。

「だからこそだよ。私、好きなものは守りたいって思うんだもの」

大切なものを猫可愛がりする様はすっかり見慣れてしまっている。ゴローちゃんにずっと寄り添ったように、彼女はそうやって爆豪のことも甘やかしてしまいたいのかもしれない。

しかし爆豪の方からすれば、そんな猫可愛がりを素直に受けるような自分はあまりに気に入らなかった。


「――俺は、お前のために絶対死なねェ」


それは、幽姫の想いとは全く逆の言葉である。大きく見開かれる黒い瞳を真っ直ぐ見返し、爆豪は続ける。

「お前を泣かせねえし、泣かせる物があったら全部ぶっ飛ばしてやる……テメエは何もわかってねえんだよ」

好きなものは守りたい――そんな感情は誰だって共通に決まってる。


「命より大事なもん守るのに、自分がいなけりゃ意味ねえだろーが」


大事なものほど最後まで守り通すもの。大事なものほど、自分のせいで彼女を傷つけるようなことは、もう絶対に起こさない。必ず勝って、必ず救ける。ヒーローは守られるものじゃなくて、守るもの。

好きなものは、ずっと共にあるべきものだ。

幽姫は爆豪の言葉を受けて目を丸くした。やがてその目がじわりと潤んだと思えば、ぽろりと一粒赤い頬を伝って零れ落ちた。
爆豪はぎょっとして、ついいつもの調子で声を荒げてしまう。

「な、に泣いてんだクソ女!」
「ご、ごめん。泣かせないって言われて、泣いちゃったぁ」

謝っておきながら、へらへらと笑う彼女は次々に涙を落とす。拭おうとする細い指は少し震えていて、全然役に立っていない。このアホ、と爆豪はまた一つ悪態をついて、立ち上がり、一歩。
椅子に座ったままの少女の頬に手を伸ばしかけ、一瞬ためらう。そんな彼を見上げて、黒い瞳はちらちらと白い光を映しながらゆるりと細められた。

「じゃあ――私が爆豪くんのために死ねるチャンスは、もしかしたら来ないのかもしれないね」
「……そーいうこったな」

――俺は、そういう言葉が聞きたかったんだよ。

爆豪の親指が少し荒っぽく目尻を拭うと、幽姫はくすぐったそうにくすくす笑った。



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