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ガイスト・ガール - 69



新学期が始まり、早々に校外活動の話が出た。お客さんのように扱われる職場体験とは異なり、インターン先では仮免許を持つヒーローの端くれとして実地経験を積む。緑谷の謹慎が明けた四日目には、二学年上の三年生が三人現れて、少々手荒な説明会まで開かれた。

幽姫の場合、体育祭で来た指名も一人だし、そのベストジーニストは未だ活動休止中。これはゆっくりやっていく方だなぁと結論づけた。ゴローちゃんとの親和性もまだ高まる余地があるし、夏休み中にやりきれなかった必殺技の完全習得を目標にする方が現実的だろう。

なお、謹慎四日が明けてようやく事情を聞いた爆豪は、仮免試験にもまだ合格していない自分の遅れにイライラした様子だった。とりあえず講習頑張ってね、と励ましてみると、言われんでもやるわ!と半ギレされた。


そんな一週間の末、日曜日の夜。自室で座学の予習をしていた幽姫の元に、メッセージが一通届いた。

『今から部屋いく』
「えっ」

簡潔な言葉に目をぱちくりさせていると、部屋のドアからガチャガチャと音がした。

「えっ」

それからトントンと軽く叩く音。慌ててドアに駆け寄って鍵を開けると、ドアノブが捻られて勝手に開いた。

「爆豪くん……普通、ノックを先にするんじゃないかな?」
「連絡してんだから鍵開けとけよ」
「開ける前に来たんじゃない」

相変わらず横暴な。ズカズカと部屋に入った爆豪は、特に了承を取ることもなく幽姫のベッドの上に座る。まあ、別にいいけど……なんて許してしまう程度には絆されてしまった。
ゴローちゃんが、今や定位置とも言える爆豪の膝の上にひゅうと飛んでいく。

幽姫はさっきまで進めていた予習をキリの良いところまで進めようと、もう一度デスクに向かった。ノートの続きを書きながら、爆豪に声をかける。

「講習、大変そうだね〜」
「別に。ヨユーだっつの」

と言いながら、声色はどことなく不機嫌である。部屋に入って来た爆豪の、顔に薄くできた痣や頬に貼られた絆創膏。仮免許取得のための講習は随分スパルタらしいとすぐにわかった。幽姫は思わずクスリと笑う。

「笑ってんなボケ」
「ごめんごめん」
「つか何やってんだそれ」
「明日からの予習。爆豪くんは大丈夫?四日も授業遅れてたけど」
「はっ」

意外にも――と言うと爆破されかねないが――クラス三位の学力を持つ爆豪は、四日間の謹慎中聞き逃した授業の内容も、きちんとカバーできているらしい。余裕っぽく鼻を鳴らすのを聞きながら、さすがだなぁと内心呟いた。
幽姫はといえば、夏休み中勉学の方が疎かになっていたのは明白で、久しぶりの座学の授業進度に若干不安を覚えているところだというのに。

「おい」
「んー?」
「……おい幽霊女」
「ちょっと待ってね。もう少しでキリいいから」

珍しくあっちから絡んでくるな〜とぼんやり思いながら、教科書のページをめくる。説明を読んで、なるほどと思ったところをノートにシャーペンで書き込む。


「……幽姫」


ポキッと、間抜けな音が微かに響いた。芯の先が折れたシャーペンの動きはピタリと止まって、今書こうとしたメモ書きの内容がどこかへ飛んで行ってしまった。
返す言葉もなくゆっくり振り返ると、爆豪がいたずらっぽくニヤリと笑った。その顔を見て、かっと頬が熱くなった。

「な、に、急に。びっくりした」
「動揺しすぎだな」
「不意打ちだからね……」

先日、確かに、『私の名前覚えてる?』なんてことは言っていたが。本気で知らないと思っていた訳ではないし、そのうち他のクラスメイトと同様に霊現、と苗字で呼んでくれるようになるだろうとは予想していた。

のに、まさかこんな唐突に、まさか名前をはっきりと、呼ばれるなど完全に不意打たれた。相手の思う壺だ。くつくつ笑う声に、ますます赤くなってしまう。

「予習すんじゃねえのかよ」
「手止めさせておいて、よく言うね……」

幽姫はため息をついて、シャーペンから手を離した。書きかけのメモの続き、次開いた時に思い出せるだろうか。多分無理だろうな、と思いながらノートを閉じる。教科書も閉じて、二冊をまとめてスクールバッグに仕舞った。

「やっぱ呼んだことあるぜ、この名前」
「嘘。だとしたら驚かないよ」
「嘘じゃねえ。テメエが聞いてなかっただけだ」

爆豪はそんなことを言うが、もし名前で呼ばれているなんてわかっていたら、あんなにウジウジと麗日に嫉妬したりはしない。もう一度そんなことはないと言いかけた時。

「俺の言うこと聞かずに、勝手に守るとか言い出したんだよ」

低く、ゆっくりした声だった。椅子をくるりと回して振り返ると、向かい合った爆豪は目を細めた。

「だから覚えてねえんだよ」
「……そっか。それはごめん」

神野での一件が爆豪の中に色々な物を落としていったのだろうということは、隣で見ていた幽姫にもわかった。彼を苦しめた中に、幽姫が原因のものがあるらしいことも。
一緒にいられたのに重荷になってしまったことは今でも悔やんでいる。もう繰り返さないように強くなりたいと思ったけれど、幽姫自身の中ではあの時の記憶は曖昧でぼんやりしたまま。

最近になって、爆豪が少しずつそれらを整理し始めているらしいのにも気づいていた。
もし爆豪がまだ、あの時の幽姫のことで何か引っかかっているのだとしたら、そのくらいは自分が取り除かなければ。そう思って口を開いた。

「あのね爆豪くん、あの時のことは――」



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