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ガイスト・ガール - 67



――『一番強え人にレール敷いてもらって、敗けてんなよ』

爆豪が勝った。緑谷は今出せる力のすべてでもって、爆豪と対峙した。その上で、爆豪は緑谷に勝った。
だと言うのに、なんだろう。今までもやもや引っかかっていたことがようやく解消されたのに、担任から厳重注意と処分を受けた後でもまだ実感が湧かないのだ。

十年以上かけて歪んだ幼馴染との関係も、一番憧れたヒーローへの思いも、絡まっていた糸は解くには固すぎた。結局、彼らの慣れた力技でぶちりと精算して、もう一度継ぎ直すような修復。
最初の綺麗な状態には戻りようもない、その上数十分程度ではまだ糸は千切れたままだった。

説教を終えた相澤に教員寮を追い出され、爆豪と緑谷は会話もないまま大人しく寮まで戻った。重苦しい空気に緑谷がそわそわしているのも気づいたが、普段のように怒りがわくわけでもなく、爆豪は寮に向かう足を速めるだけだった。
試験終わりかつ明日からは新学期が始まる。さっさと寝静まった学生寮、当然エントランスを抜けた談話スペースも電気が落ちて真っ暗だった。散々暴れて砂埃にまみれてはいたが、もう風呂も開いてはいないだろう。ついに爆豪の中にもジワリと疲労感が滲む。

緑谷の方は一直線にエレベーターに向かうらしい。だったらと爆豪はキッチンで水でも飲むことにした。喉が渇いたというよりは、緑谷と二人でエレベーターに乗り込むのはあまりに億劫だっただけだ。

しかし、キッチンに近づくにつれ何か懐かしいような匂いが鼻についた。怪訝に思い眉を寄せ、大股にキッチンカウンターの向こうを覗き込めば。

「……テメェ、何しとんじゃコラ」
「いや、爆豪くんこそ……こんな時間に外から戻ってくるなんて」

隠れるように床にしゃがみ込み、白いマグカップを両手で包むように持って息を潜めていた幽姫は、首を傾げて爆豪を見上げていた。

「立派な不良行為だよ」
「うるせえ」

外出以上の違反行為を大々的に犯してきた後である。
そんなことより、幽姫が一人で真っ暗なキッチンに潜んでいる方が余程謎だし不気味だ。

「なんだこの臭い」
「牛乳かな。今ホットミルク作ってたの」
「電気もつけずにか?」

そう言うと、幽姫が苦笑する声がした。暗がりの中では、表情が見えづらい。

「もし先生の見回りがあったら嫌だなぁと思って。ゴローちゃんがいれば、別に見えなくても問題ないし」

さっきも見回りが中に入ってきたかと思ってちょっと焦ったよ、と続ける。それでカウンターの下に隠れていたらしい。爆豪は呆れて深いため息をついた。

「でも失敗だね〜。こんな時期にホットミルクって、暑くて飲む気にならなかったよ」
「アホだな」

端的に言えば、幽姫も本当にねとくすくす笑った。爆豪はそのまま、当初の目的通りキッチンに入り水を流した。軽く手を洗って、そのまま水をすくって口元に寄せる。幽姫はひょいと立ち上がって、そんな爆豪の様子を何の気なしに眺めていた。

「……あれ、爆豪くん怪我してる?」

そこでようやく気づいたらしい。医務室で適当に消毒だけしたが、リカバリーガールに頼らず自分で治せというのが相澤の意見である。幽姫の言葉を無視して、爆豪はもう一度水をすくって飲んだ。

「本当に、何しに行ってたの?」
「関係ねーだろ」
「……まあ」

爆豪が突っぱねると、少しの間をおいて返ってきた声はどことなく釈然としない風だった。
ちらりと横目で見やると、幽姫は軽く眉をひそめながらホットミルクを一口。だいぶ暗闇に目が慣れて、表情がわかるようになった。

「んー、やっぱり暑い」
「……お前、なんで寝てねえんだよ」

初めから不思議ではあったが。尋ねてみると幽姫は少し困ったように笑って見せた。

「なんだか眠れなくて……さっきお茶子ちゃんと話してたからかな。それで、そうだ牛乳飲もうってなって」
「はあ?」

眠れないことと、麗日――お茶子ちゃんなんて、そんな呼び方をしていただろうかと気にはなったが――と話したことと、牛乳を飲むことと、何の関係があるのか爆豪にはさっぱりだった。しかし幽姫の中では筋が通っているようで、特に補足の説明もない。

「眠れない時にはあったかい物の方がいいらしいから」
「……マジで電波だな、テメェは」

結局よくわからなかったので、爆豪はため息混じりにそう評した。すると幽姫はふふ、と笑った。

「そうそう、その話もしたよ」
「あ?」
「爆豪くんって、私の名前覚えてるの?」
「はあー?」

ここまで訳のわからない話の流れを作られたのは、久しぶりかもしれない。爆豪は顔をしかめた。最近は随分話がしやすくなったと思っていたのに、まるで出会った頃に逆戻りしたような感覚に陥った。というか、名前?

「んだよそれ」
「爆豪くんに名前呼ばれたことないんだ〜って話をしてたの。いつも幽霊女とか言ってくるから」
「……一回ぐらいあんだろ」

とは言え、爆豪自身も覚えていないが。それほど呼ばなくても支障がなかったということなのだから、いいだろどうでも。
しかし幽姫は肩をすくめて、あからさまに呆れた様子でため息をついた。

「なーいよ。お茶子ちゃんの名前はちゃんと呼んでるくせに」
「別にアイツだけでもねえわ」
「そりゃそうだけど、だったら私の名前も呼んでくれていいんじゃないかなぁ。と、思ったの」

そう言ってから、幽姫は頬に手を当てて続ける。

「うーん、みんな苗字で呼んでるみたいだから、やっぱり霊現って呼んでくれるのかな?」
「うぜえ。んなこと言ってたら一生幽霊女って呼び続けんぞ」
「ってことは、そのうちちゃんと呼んでくれるつもりはあるってこと?」

揚げ足取られた。爆豪がイラッと目を釣り上げたのに気づかないフリをして、じゃあそれまで待ってるね、などと言い出す。

「あ、でもお茶子ちゃんのこと名前で呼ぶことになったから、私、爆豪くんもそのうち勝己くんって呼びたくなるかも〜」
「かっ……」

これは不意打ちだった。突然の衝撃に一瞬固まったが、すぐに低い声が出る。

「やめろ気色悪ィ……!」
「えーひどい」

そう堪えた様子でもなかったが、幽姫はくすくす笑いながら少し俯きがちにした。
呼び方一つでこうも動揺させられたのにはムカついたが、困ったように笑う表情も気にかかった。

しかし何か言葉をかける前に、幽姫は顔を上げた。そして今度は笑うでもなく、困った表情だけが残っていた。

「――今日は、出過ぎたマネしちゃってごめんなさい」



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