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ガイスト・ガール - 58



「この間は、ごめんね」

寮の入り口で緑谷と別れ、女子棟に向かうエレベーターを待っていた。囁くような小声は、リビングに他の誰かでもいれば聞き逃しそうなほどだった。
横目に見やると、幽姫は爆豪を見るでもなく、エレベーターの位置を表す数字が変わるのを眺めていた。

答えを返すより先に目の前の扉が開いたのでさっさと乗り込む。幽姫が四階のボタンを押すのを確かめて、爆豪は口を開いた。

「どれに対してだよ、それ」
「あはは……確かに」

直近であれば一昨夜のゴローちゃんのことだろうし、その前であれば半分喧嘩のようにして中断された会話だったり、その原因としては爆豪を避け続けていたこと。幽姫も思い当たったようで、眉を下げて笑った。

「まあ、いろいろかな」

エレベーターはすぐに止まった。廊下を進んで、奥から二番目の部屋。奇しくも男子棟における爆豪の部屋の配置と同じだった。
室内は備え付けの家具のみで、当然ベッドのシーツもかけられていない殺風景。運んできた荷物は部屋の端に置いて、荷物運び要員としての爆豪の仕事は終了である。

「爆豪くんそっち座って」
「あ?」

声の方に目を向けると、幽姫はマットレスだけのベッドに座っていて、そっちと指さすのはキャスター付きの椅子である。時計すらない部屋なので時間はわからないが、訓練開始に合わせて準備するにもまだ時間には余裕があるはずだ。

軽く息をついて、椅子を引いて腰掛ける。ふふ、と可笑しそうに笑うのは、以前と逆なのが楽しいだけなのだろう。

「ゴローちゃんこっちおいで」

幽姫が小さく手招きするようにして言う。すると、意外とあっさり爆豪の頭にあった重みが消えた。ゴローちゃんを呼び寄せた幽姫は、そうしてやっと姿勢を正して爆豪の目を見た。

「――勝手なことばっかり言って、嫌な思いさせちゃってごめんなさい」

ここ数日、あからさまに避けたこと。以前問い詰めた時ははっきりしない返事ばかりで、結局どうして避けたかなんてことは答えなかった。
理由は最終的に、ゴローちゃん本人――猫だから人という言い方も変だが――から聞かされた。

爆豪は正面からじっと幽姫を見た。それが一層気まずいようで、幽姫は謝罪の言葉の後、ふいと視線を下げた。爆豪は少し考えて、ふんと鼻を鳴らした。

「勝手なのも、イライラさせんのも、いつもだろ」
「……ひどいなぁ」

気遣いのない爆豪の言葉。幽姫がひっそり苦く笑うのを見ながら、爆豪は少し考える。

謝罪を求めるようなこと、今となってはもうほとんどないのだ。かなり本気で怒鳴りつけた時点で、あまり信ぴょう性はないが。
結局、ゴローちゃんが幽姫を心配していただけの、役割は交代しても通常運転の一人と一匹に巻き込まれただけの話だった。このことについては一応この幽霊どもは揃って反省しているようだし、元凶は爆豪が招いた事態でもあるし。

「もう慣れた。お前らには」
「そう?」
「一々付き合うのもめんどくせえ」

ため息を吐きながら言い捨てた爆豪を見て、幽姫は瞬きして眉を下げた。
そっか、と零した声が落ち込んだような色だったので、何か誤解を与えたかもしれないと思った。

「……から、一々しおらしくすんな。そっちのが調子狂うわ」

そう付け加えれば幽姫はきょとんとして、今度はくすくす笑って、そっか、と柔らかい声色に打って変わった。

爆豪は眉を寄せて目をそらす――こういう彼女の反応も、実のところ、調子を狂わされる。
しかしこれに関しては、指摘してやめさせる程の事でもないと言い訳して、伝えないことにした。

「でも、よかったぁ。さすがに呆れて無視されるかと思ってたの」
「あ?元から呆れかえっとるわ。無視してやろーか」

許しはしたが、そこのところの認識を甘くされるとムカつく。今更目くじら立てないというだけの話で、ふらふらしてズレてるところは最初からずっと呆れて見ている。

幽姫はあまり堪えた風もなく、えー、と心外だと言う。

「嫌だよ〜。だって、爆豪くんが意外と私達のことよくわかってくれてるの、知っちゃったもの」

ねえゴローちゃん、と嬉しそうにする幽姫の視線とともに、また見えない重みが戻ってきた。今度は膝の上である。一昨夜は随分と反発した態度を見せていたが、あの時のやりとりで何か思うところがあったのかもしれない。
その言葉に爆豪は顔をしかめた。何が、知っちゃった、だ。

「ありゃテメエがちゃんとしてやがればよかったんだよボケ!」
「あ、うん、そこはもちろん反省してるよ」

慌てて両手を振るので、爆豪を痴話喧嘩に巻き込んだことは認識しているらしい。してなかったらどうしてやろうかってなもんだ。

「そうだよね。本当なら私がちゃんと、ゴローちゃんの思ってること理解してあげなきゃいけなかったの」
「わかってんならキッチリしろや。テメエのペットだろ」
「ペットではないよ。ゴローちゃんは……」

幽姫は一瞬言葉を選ぶようにしてから、にっこり笑って続けた。

「大事な相棒なの」

爆豪の膝の上で、重さが消えたりかかったり忙しなかった。飛び跳ねてる、多分嬉しいのだろう。爆豪の目に見えない間も、ゴローちゃんは相変わらず表情豊かだ。

爆豪はまた呆れてしまったような気がした。夜中に親に車を出させ、爆豪の前であれこれ勝手な物言いをしたと思えば、一日二日で元通り、あるいはそれ以上に理解し合えるところ……傍迷惑な痴話喧嘩だ。
とはいえ文句など言う気すら起きず、結局はあっそ、と一言返すに留めた。幽姫は苦笑する。

「私、ゴローちゃんはただ爆豪くんに嫉妬しちゃっただけかと思ってたの」
「嫉妬ォ?」

そういえば、一昨日帰りがけに何か言いたげにしていたか。爆豪が怪訝な顔をすると、幽姫はそうそう、と頷いた。

「単純にね。ゴローちゃんを置いて爆豪くんについてっちゃったから、怒ってたのかなぁと」

しかしゴローちゃんが怒っていたのは、ついて行ったことというよりは、むしろ爆豪の為に身を投げ打てるという言葉だったり、その言葉が煽る不安感だったり、そういうところだった。

……それに関しては、爆豪も一度キッチリ言ってやろうと思っていたのだった。一昨夜ゴローちゃんの前では言ったが、幽姫が聞いていた保証はないことを思い出した。

「……お前、もう絶対ェあんなクソみたいな台詞吐くんじゃねえぞ」

爆豪が言うと、幽姫はパチリと瞬きをして、少し困ったような顔で笑った。

その反応には釈然とせず、爆豪は途端に顔をしかめる。

「おいわかってんだろうな?思い上がってんじゃねえぞこの幽霊女!テメエなんかに守られるほど落ちぶれちゃねーんだよ俺ァ!」
「もう、わかってるよ〜……ヒーローは、守られるものじゃなくて、守るもの。だったよね」

あの時爆豪の言った言葉を思い出すように、幽姫は答えた。わかってる、とは言ったものの、幽姫は依然として浮かない顔をする。
それがどうもナメられてるのかという気がして爆豪はやはり気に入らない。チッと鋭く舌打ちして、荒々しい仕草で椅子から立ち上がった。

「テメエはそんなハッキリしねー態度ばっか取るから、猫一匹まともに扱えねえんだろ」
「そうなのかなぁ」

爆豪の機嫌が急降下したことは感じているはずだが、幽姫はぼんやりした声でそんな風に言う。部屋を出ようとする爆豪を止めるわけでもなく――だいたい、そろそろ準備しなければ訓練の集合時間に間に合わない――同じように立ち上がって入り口まで出てきた。

あー、まったく。せっかくゴローちゃんのお許しが出てやっと寮に入れると言うから、朝っぱらから手伝いまでしてやったというのに。本当ならもう少しくらいスッキリした気分で過ごせると思ったが、やはり彼女らに関わるとロクなことがない。
廊下に出て歩き出した爆豪の背は、しばし視線を感じていたが。

「……あのね爆豪くんっ」

と。名前を呼ばれて爆豪は足を止めた。
あ?と苛立ちを隠しもしない声で返しながら振り返ると、幽姫は一瞬迷うように視線を外してから、それからもう一度こちらを向き直った。

「爆豪くんが強いの、私もちゃんとわかってるの。だから、これはすごく、本当に思い上がりだと思うんだけどね」

言いながら、柔らかく笑う頬がほんのりと――赤みを乗せているのに気づいて、爆豪は思わず目を見開いた。

「私、やっぱり爆豪くんのためなら死ねると思うよ。だから、私にだけは守られてくれると、嬉しいな」

爆豪がはっきり動きを止めたのに対して、幽姫は途端に慌ただしく右手を振って、ごめんねそれだけ!じゃあまた訓練の時にね!と早口に言い部屋の中に引っ込んだ。
バタンッと閉まった扉の音でハッとした爆豪は、今度は苛立ちとはまた別の、何かが腹の底から吹き出すような感情のまま声をあげた。

「はああああ!?!?テメッ、このクソ電波!!なに言い逃げとんじゃ出てこいゴラァア!!」
「あああ、もう!爆豪くん早く戻らないと遅刻するよ!?」
「するか!テメエがさっさと出てくりゃあなッ!」
「やーめーてードア壊れる〜!」

入居早々ドアが壊れたら恐らくあの合理主義の担任から罰則である。受けるなら勝手に受ければいいのだ、言いたいことだけ言って姿を隠す卑怯者にかける情けなどない。もともと爆豪の中ではなけなしのものである。クソが、内側から鍵なんかかけやがって!

回らないドアノブをガチャガチャしながら怒鳴っていると、右隣の部屋のドアが開いた。

「ちょっと爆豪!うっさいんだけど!」
「ああ!?」
「っていうかなんでアンタ女子寮いんの!?変態か!!」
「誰がだ殺すぞ!!」

隣の住人が物怖じしない性格の芦戸だったことは計算外だった。うっさい!さっさと出てけ!と容赦無く酸を浴びせてくるのに対抗するのも面倒かと判断し、覚えとけよ幽霊女!!という捨て台詞だけ吐いて爆豪はエレベーターに乗り込んで女子寮を後にした。

――なんなんだあの女!何にもわかってねえじゃねーか!誰がテメエなんかに!!

エレベーターの中で一人肩を怒らせる爆豪の脳内はぐっちゃぐちゃに散らかっていた。ナメられたのだと思えば苛立ち一色で染められるはずなのに、笑う幽姫の赤い頬が頭から離れず、それが何らかのモヤモヤした感情でもって苛立ちを中和しようとしてきやがるのだ。
丸めて爆破して消し炭にしてしまおうにも、意識するほどもっと別の笑顔だったり声だったり爆豪くんと呼ぶ響きだったり、どこにそんなに隠れてやがったというほど浮かんできてさらに心臓がかき乱される。

ああちくしょう腹立つ!そうだ、ムカついてんだ、それ以外にあり得るわけねえだろうがッ!!


爆豪のわけのわからない感情が収まるには相当の時間がかかったし、その間割りを食ったのは切島だったり上鳴だったりした。当の幽姫はといえば、『朝っぱらから爆豪に女子寮の部屋を襲撃されていた可哀想な子』という認識を改めない芦戸を中心にクラスの女子に囲まれていたので被害なし。

積極的に誤解を解こうとしないで、遠目に申し訳ないと手を合わせてくるぐらいならもっとちゃんと話し合ってください、と切島達は心底思った。
無駄に激しい痴話喧嘩に巻き込まれるなんてごめんだ、と。



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