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ガイスト・ガール - 56



思えば――ゴローちゃんが爆豪に懐く理由もきっかけも、聞いたことがなかった。

「それで、うん、あなたは強かった。私の、期待通り」

派手な爆発に引き寄せられる、あのロボット達は爆豪にとっては絶好のカモも同然。明るい爆発、血の気の多い赤い目、重なっていくガラクタの山。
それを一人と一匹は見ていた。特に白いモヤは、彼の爆発を見る度にぴょんと跳ねてくるりと回った。それを見上げた少女はへらりと笑い、楽しそうだね〜、と場違いに嬉しそうだった。

ゴローちゃんはあの時も爆豪のことを見ていた。次から次への襲撃、何十という敵に囲まれた中で、次々とそれを蹴散らしていく様。彼は誰も寄せ付けない。ロボットの敵であろうが、尊敬と恐れの混じった少年少女の視線だろうが。
そう、あの時あの場で、一番強かったのは確かに爆豪だった。

「それに、強くなるだろうなって、思った」

あの時から今まで、一番強かったのは―― 一番強くなりたがったのは、爆豪だった。それはよくわかっていた。幽姫は微笑んで見ていたし、ゴローちゃんも、彼の周りでゆらゆらと。
観察していた。期待していた。

「――ボクの代わりになれるかなって」

爆豪は目をみはった。
淡々と言葉を続けていた目の前の相手が、不意打ちの言葉と共に――確かに、寂しそうに目を細めた。

「……代わりだァ?」
「ん」

怪訝な声色にこくりと頷いて、ゴローちゃんがどこか落ち込んだような声色で言った。

「幽姫は、ボクから離れたいんだ。ヒーローになって、一人で大丈夫になって、だから安心して行ってねって言いたいんだ」

幽霊は、この世に未練がある存在。
確か随分前に幽姫が言っていた。ゴローちゃんの場合、それが幽姫のことだと。安心させたいとも。

しかしそれが、この猫を落ち込ませるようなものとは思わなかったが。

「どっからどう見ても、そうは思わねーがな」

正直、少しイラッとした。幽姫を振り回して、気を遣わせて、それを当然のごとく享受している目の前の存在。爆豪など入り込めないほど、周りには一切理解できないほど結びついた存在。きっと何よりも優先するのだろう存在。
そんな位置にいておいて、なにを言い出す。

「何と別れようが、あいつはお前だけとは離れないだろうが」
「……」

爆豪の言葉に、あからさまに顔をしかめたのはゴローちゃんの方だった。なんでそっちがんな顔すんだよ――爆豪までつられて眉を寄せる。

「キミは聞いたんでしょ」
「は?」

「――幽姫は、キミのために死ねるって」

ハッとして思い出した。
――『いいの、爆豪くんは……霊感、あるもの。怖くなんかない――死ぬのなんかね』

忘れていたわけがない。考えないようにしていた。戻ったら一番に問い詰めて、文句を言うつもりだった。
クソ馬鹿で電波な台詞を吐きやがって――しかし、わかっていた。

その言葉だって、自分の弱さが言わせてしまったことくらい。

「ボクは聞いてない。でもわかるんだ――ボクは、幽姫のヒーローだから」

あの時の幽姫はおかしかった。個性の暴走というよりは、自分の意思でなにかリミッターを外したようなものなのかもしれない。そして一瞬、意識を飛ばした。救援が駆けつけて、緊張の糸を切らしたと同時に、状況が飲み込めないという顔をした……今ゴローちゃんが目の前にいることを考えれば、その性質もいくらか推測はできる。

とにかく、その異常をこの猫が気づかないはずがない――幽姫の『ヒーロー』たる、こいつが。

爆豪が黙り込んだのをどう判断したのか知らないが、ゴローちゃんは一層不機嫌そうにした。

「キミがボクの代わりになるならって思った。けどキミのために幽姫が死ぬなんて、それならキミを引き離した方がマシ」

幽姫を爆豪から遠ざけたら、少なくとも爆豪のために死ぬことはない。

「キミは幽姫のヒーローにはなれない。だって――キミじゃ幽姫を守れない」

弱いよ、と。


何度目かの言葉で、ついに彼は爆発した。


「……黙って聞いてりゃ、テメエらマジで好き勝手なことばっか言うんじゃねえよ!!」

ゴローちゃんは突然の激情に目を丸くした。

「もうあんなヘマするかよ……!!」

あっさり拐かされるなんて。敵に隙を見つけたと思わせるなんて。大勢に心配されるなんて。

「――お前に守られるなんて、んなこともう一生許さねえよ!」

俺のために死ねるとか、そんな台詞は。
ゴローちゃんは爆豪の言葉を聞いて、目を細めた。小さく首を傾げて、問いかけてくる。

「……じゃあ、なに。キミは幽姫のヒーローになれるって言うの?」
「あァ!?」

爆豪は相手の顔を思い切り睨みつけて言った。


「ンなもん、頼まれたってなるわけねぇだろが!!」


だから好き勝手なことばっか言ってるっていうんだ。全然わかってねえな、この猫。ふわふわしてんじゃねえよ、幽霊。

「いいか、クソ電波にもわかるよう言ってやる」

ゴローちゃんはムッと口を尖らせた。さっきから、随分表情豊かだ。
元々、そういう性格だったのだろう。爆豪の周りにまとわりついていた時からそうなのだろう。

爆豪は、そんなゴローちゃんを愛おしそうに見ている幽姫の瞳をよく知っている。

「ヒーローってのはなァ、守るもんであって、守られるもんじゃねえんだよ」

ヒーローになりたい。全員そう思ってる。ヒーローになって、誰か――誰もを助けたい。守りたい。爆豪から見れば、幽姫もそのことをよくわかってるはずだ。

ヒーローになりたい。『ゴロー』の名前に釣り合うような――だから、きっと、この猫は今まで幽姫を手厚く守ってきたんだろう。
彼女だけのために、彼女だけを。

「俺は幽霊女ばっか構ってるほど暇じゃねぇし、あっちだって似たようなもんなんだよ」

そんな位置、誰がやってやるか。たった一人守りたいだけなら、別にヒーローである必要はない。むしろ、ヒーローなどならない方がいい。ただ隣にいるだけでいい。
それだけじゃ足りないから、ヒーローなのだ。

「ヒーローは、全員助けんだよ――だから、あいつはお前も救いてぇってだけだろ」

これまで自身を守ってくれた友人も、自らの力で救いたいだけ。
爆豪をその位置に入れ替えて、身を引くように消えることなど、幽姫が望んでいるわけがない。

「ゴロー、お前は大人しく救われてやってりゃいーんだよ」

ゴローちゃんはパチリと瞬きした。
たれ目がちな瞳が丸くなって、ちらりと灯りを跳ね返して輝いた。幽姫はその奥にいるのか、眠っているのか、爆豪にはよくわからない。

――俺が言うことじゃねーだろが。自分で言えや、こういうことは。

通訳してしまえるだけ、彼女のことがわかってしまっている事態もなんとなく気に入らない。
そんな爆豪を尻目に、目の前の相手はようやく、おそらく本来のそいつらしく、目を細めてクスクス笑った。




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