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ガイスト・ガール - 55



現実的な目標としてヒーローを目指すと決めてから、日々のトレーニングを欠かしたことはない。日が落ちて涼しくなった夜の時間に、適当な距離のランニングを行うのも爆豪の日課の一つ。雄英での寮生活が始まってもそれは変わらない。ただし夏も本番の今夜、気温はあまり下がっていない。コースを一周して戻ってきた爆豪の、首にかけたタオルは既に汗を吸い込んでいる。

寮の入り口が見えてきたあたりで、爆豪は足を止めた。
暗がりの中、芝生に座り込んで一人こちらをじっと見ている彼女に気づいたからだ。いるはずのない幽姫の姿が、つい数時間前、話も曖昧なままで別れた相手が。

「……なにしてんだ、んなとこで」

こんな時間に、屋外で、外出禁止じゃないのだろうか。そもそもどうやってここまで来たのか。
珍しい爆豪の純粋な疑問の言葉。それを受けた幽姫も、いつもの笑顔でもなければのんびりした口調の返事もない。

ただ爆豪をじっと観察しているだけ。街灯と寮の窓から漏れる明かりを反射してか、いつもより冷たい印象の黒い瞳が爛々と輝いて見える。

「おい」

もう一度声をかけると、幽姫はぱちりと一つ瞬きした。それからゆらりと立ち上がって、爆豪の前まで歩み寄る。その仕草はどこか気だるげで、なんとなくいつもの幽姫らしくない。
いよいよ不審に思い始めた爆豪が眉間にしわを寄せたと同時に、幽姫はおもむろに口を開いた。

「……あなたに言っとくことがある」

やはり幽姫の口調とはどこか違う。その一言で判断できる、これでも爆豪は幽姫の『初めての人間のお友達』でもある。
途端に爆豪は警戒を強め、強い目で相手を睨みつけた。

「なんだテメエ」
「私、爆豪くん、まだ認めない」

三言。幽姫の口から紡がれた言葉に、爆豪はぎくりと目を瞠る。

「爆豪くん弱いよ」

神野の一件があって、爆豪の中で一つのわだかまりとなっている事。自分の弱さが招いた事態の大きさ。

「もっと強くなってもらわないと、困る」

自分がもっと強ければ、敵に攫われたりなどしなければ。神野の惨事も、オールマイトの終わりも、無かっただろう。
――目の前の彼女が、危険な目に合うことも。

「そんなじゃ、幽姫が認めても、私は認めない」
「……テメエは」

爆豪をじいっと見つめる黒い瞳、表情の抜け落ちた、けれどどこか憮然とした面持ち、雑な口調は人間の言葉に慣れていないせいだろう。

『霊現、なんかあった?様子がおかしい』

忘れかけていた、隣のクラスの女子生徒が言っていた言葉。気づかなかったのだ、実際こうして対面するまで。訓練のことなんて何も聞いていない、そんな機会がなかった。
避けられていたからだ、目の前の相手から。

「避けてたんだろ、俺を」

幽姫じゃない。ゴローちゃんだ。なんとなく、確信できた。

「うん。そう」

いつもの幽姫はどこか柔らかい雰囲気で、他人の前でよく笑っていた。
ゴローちゃんはそんな性格ですらないらしく、むすっとした表情で簡潔に言葉を区切る。

「だって、爆豪くんじゃ、ダメだったから」

簡潔で直接的な言葉。以前は幽姫を振り回すほど爆豪にべったりくっついていたくせに、そんな甘えの一欠片も感じ取れない。

「どういう意味だ、そりゃあ」
「弱いの。強そうだったのに、足りない」

また"弱い"と言われた。そんなこと、今更お前なんかに言われなくても――ずっと、いつでも心の片隅に刺さっている。あの日からは特に、不意にじくりと主張するほど。彼女に背を向けられる度に、苛立ちと共に。

予想はしていた。あの見えない重さを持つ存在が、爆豪をどう思ったのか。

「……だから近づくなってか。んなこと、テメエが決めることかよ」
「近づくな」

普段穏やかな表情ばかりを浮かべる顔が、本気の気迫を持って睨みつける。

「――あなたじゃ、幽姫のヒーローになれない」

――……は?

唐突な言葉に爆豪は一瞬思考が止まった。ヒーロー?一体なんの話をし始めたんだ、この猫は。
しかしあちらはいたって真剣らしく、じっと爆豪を睨む目を逸らさずにいる。

「なんだそれ」
「最初、あなたが一番強いように見えた。ロボット、一番たくさん壊してた」

最初と言われてまず思い出したのは、入学初日の帰り道。体力テストの後。虫の居所の最悪だった爆豪を、一人と一匹が追ってきた。
しかし、ロボット――今相手が言っているのは体力テストの話ではないと、すぐ判断できる。

「入試ン時か……?」
「そう。見てた」

初めて知った。もう随分遠い話に思える入試の日、あの時幽姫と出会っていたなど。



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