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ガイスト・ガール - 04



保健室から帰還した緑谷が、その足で慌てて爆豪を追いかけて行ってしまった。それをぼんやり見ていた幽姫だったが、床で丸くなっていたゴローちゃんがすっと立ち上がったのを見て慌てて席を立つ。

窓の前にふわりと浮かんで下を見下ろすゴローちゃんの隣に立つと、校門の前で爆豪と緑谷の二人が何か言い合っているのが見えた。
三階の窓越しでは二人の様子もやり取りもよくわからないが、やがて緑谷に背を向けて歩き出した爆豪がブレザーの袖で乱暴に目元を擦る仕草はわかった。

――え、爆豪くんって、泣くことあるんだ。

幽姫は思わずそんなことに驚いた。が、すぐにそんなことを言っている場合ではなくなる。

「あっ、ゴローちゃん!?」

窓の前にいたゴローちゃんが、ひょいと飛び出して窓をすり抜けて出て行ってしまったのだ。つい声をあげてバンッと窓ガラスを叩くと、隣で並んでいた麗日、娃水、芦戸の三人にぎょっとした目で見られた。

「ど、どうしたの、霊現さん」
「あっごめん!」

驚かせたことには慌てて謝罪すると、幽姫は普段ののんびりした様子とは一転して、必死の形相で廊下を駆けて行った。飯田が慌てて教室から顔を出し、廊下は走らない!と声をあげたが確実に聞こえていない。

「なんだったんだろ……ゴローちゃんって?」
「猫の幽霊らしいよ」

騒ぎを聞いて顔をのぞかせた耳郎が芦戸の疑問に答え、姿の見えなくなった廊下の先を見やった。

「カバン置いたままだけど……ちゃんと戻ってくるかな」



雄英の校内を出た爆豪は、なお黙々と帰路を辿る。
初めてのことばかりだ。同じような立場の人間の中に、自分よりも優秀な人間がいること、それを自分でもわかってしまったこと、勝てないと感じてしまったこと――実際に、勝てなかったこと。

今回だけ。これからだ。もっと、誰よりも強くなってみせる。今回のことは引きずるな。もう誰にも負けてやるか。絶対に、自分が、一番になってやる。二度と、あいつにも、あいつにも、あいつにも、負けねえ。

――でも、今日は、負けた。

グッと奥の歯を噛み締めた時、ふっと頭に重みを感じて爆豪は目を見開いた。何かが当たったような感覚は一切なかった。ただ突然、空気の塊がふわりとのしかかったような不思議な重み。
まさか、と思い至った時、後ろからパタパタと足音が響いてきた。同時に、予想通りの慌てた声色。

「も、ゴローちゃん!勝手に行っちゃダメだよ〜!」
「……またテメエかよ」

ため息とせり上がってきた怒りを押し殺し、爆豪は振り返って睨みつけた。学校から一目散に走ってきたらしい、荒い呼吸を繰り返す幽姫の姿だ。

「ペットの面倒くらいちゃんと見やがれ」
「ゴローちゃんはペットじゃないよ〜……それに、ゴローちゃん触れないから、勝手にすり抜けて行っちゃうんだもの……」

呼吸を整えながら爆豪の言葉に答え、はあ、と最後に息をついてやっと幽姫はへらりと笑って見せた。

「ふふ、でもゴローちゃん嬉しそうでよかった〜」
「……テメエはそればっかだな」

今日一日だけでもう聞き飽きた。爆豪がどれだけこの女を怒鳴りつけたところで、気の抜けた笑顔で口を開けば『ゴローちゃんが嬉しそう』。そうまで溺愛する存在は、爆豪含めて誰にも見ることはできない。

「さっさと持って帰れや、迷惑なんだよ」

荒い口調で言いながら、爆豪は自身の頭上を指さした。未だに不思議な重みは残ったままだ。幽姫はそんな爆豪を見て目を丸くする。

「え、爆豪くん、ゴローちゃんがいるのわかるの?」
「ああ?重いんだよ、クソが、そンくれーわかるわ」
「わあ、すごい!」

事実を言っただけなのに、幽姫は目を輝かせて手をパチンと合わせた。

「すごいよ、それ、爆豪くん!爆豪くんって、ちょっとだけ霊感あるんだね!」
「うっせえ!いいからさっさと取れ!」

幽姫の興奮気味な態度の意味不明さが腹立たしく、ついに普段の調子で声をあげた。幽姫はへらへら笑ったままごめんね〜とゆるく謝罪の言葉を口にする。

「ゴローちゃんおいで。ね〜、いい子だから」

そうやって何度か呼びかけて、やっと爆豪の頭上の重みが消えた。同時に幽姫はゴローちゃんえらいね〜、と手放しに褒める。こうして見ると、どうも彼女は普通のペット愛好家に勝るとも劣らない過保護らしい。

なんだかどっと疲れた。ただでさえ今日は気疲れすることが多かったというのに、最後の最後で。爆豪は大きなため息をこぼすと、ふいと幽姫に背を向けて立ち去ろうとした。

「あ、待って爆豪くん」
「んだよ!」

しかしすぐに引き止められて、爆豪は首だけ振り返って怒鳴り返した。
幽姫はにっこり笑って受け止める。

「明日からもがんばろーね」
――今回だけ。これからだ。でも、今日は、負けた。

「今日はお疲れさま!」
――負けた、が、それがなんだ。

あっさりとした笑顔を見ていると、なぜかそんな風に思えてきて、爆豪はつい閉口した。
じゃあね、とまた軽い挨拶をして、幽姫はひらりと身を翻して来た道を戻って行った。そういえば鞄を持っていないから、下校途中ではなく本当にゴローちゃんを追いかけて来ただけらしい。なんという時間の無駄だろう。

――今日は負けた。明日からは負けない。それだけ。

爆豪はもう一度心の中で呟いてフンと鼻を鳴らすと、幽姫の背から目を離して歩き出した。



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