×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




ガイスト・ガール - 54



雄英高校の設けた寮の各個室は、八畳の広さである。連行してきた張本人の爆豪は何も言わず、さっさと自分のベッドに腰掛けた。
そして突然放り込まれた幽姫は、その空間の中で居心地悪そうに縮こまっている。

「……座れ」

顎でデスクの椅子を指し、一言。幽姫は困った顔のまま、渋々といった様子で従った。キャスターを転がして、爆豪の斜め前の位置に座る。真正面から対峙するのを避けた。それも少し腹が立ったが、勝手に部屋を出て行くつもりはないらしいのでまあよしとしよう。

さて。言いたいことは色々、本当にたくさんあるわけだが。どっかで腹割って話す必要がある――というか話させる――とは思っていたが、この状況はほぼ衝動的に連れて来てしまったに過ぎない。まだ中身がまとまっていない。
爆豪がむすっとしたまま押し黙っていると、幽姫がポツリとつぶやいた。

「なんか、職場体験の時みたい」

五日目だったかの夜のことだ。今は長期療養中のベストジーニストの事務所、その寮の借り部屋に、夜遅くに押しかけて来たのは幽姫の方だ。
どういう要件だったか……そう、あの猫の話。

「……テメエは」

幽姫の声で口が開いたかのように、爆豪はさらりと問いかけた。

「なんで、そこまでアイツに気ィ遣ってんだよ」
「……別に、そんなつもりはないよ」

アイツ、というのが何を指すのかもちろん伝わっていた。そりゃそうだ、幽姫が気を遣っている相手なんて、ゴローちゃん以外にいやしない。
上辺だけの否定は無意味にしか思えなかった。

「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「全部、アイツなんだろ。寮に来ない理由も、こそこそ俺から逃げてやがったのも」

そう言うと、幽姫はふと口を閉じた。少し視線をふらつかせてから、何か適当な言い訳を並べる。

「寮のことは、両親が嫌がるから……」
「テメエが親の言うことであっさり諦めるタチかよ」
「私、結構聞き分けいいよ」
「はっ」

どの口が言う。聞き分けのいい子どもは、入学早々、怒鳴り散らす爆豪の前でにこにこ笑ったりしないものだ。

「ていうか、ほら。私が希望してないから、別に、両親の意向だって構わないの」
「……お前、そんな適当なこと言ってて楽しいか」
「適当って……」

ついと視線が合った。困ったような色の黒い目を、爆豪は冷たく見据えた。

「……まるで、私のことわかるかのように言うね」

今度こそ非難するように、幽姫は眉をひそめた。

「私のことなんて、見ていないでしょう。適当に言っているのはそっちじゃないの?」
「――テメエ、よく言えるな、ペラペラと」

脳のどこかが熱くなる感じ。爆豪はすっと目を細めた。見ていないでしょう、適当に言っている――よく言えたもんだ、見ていないのはそっちのくせに。

爆豪の前で、こっちをそっちのけに、ずっと何かに縛られているのはテメエのくせに。

「楽しそうにしてたじゃねえか、ああ?馬鹿らしくヘラヘラ笑いやがってよ」
「そんなの爆豪くんに関係ない――」
「頑張る、つっただろうが、テメエは!」

幽姫の反論を遮って、爆豪があげた声に相手は口をつぐんだ。

「気に入らねー理由で!だけど本気で言ってただろ、ヒーローになりたいって!んのくせに、なんだよ。お前、クラスの他の奴から遅れを取ってるって気づいてねえのか。おめでたいこったな!」

雄英高校ヒーロー科の全寮制。朝から晩までヒーローを目指すことだけを考えられる環境。設備だけではない、同じ目標のクラスメイトがいて、効率的に動ける環境こそが、生徒にとっての最大の有益だ。
外出を控えるためにロードワークも制限されて、日々親の送迎付きでなきゃ登校すらできず。この社会情勢の中でヒーローを目指すための向かい風を受けて、これからひたすら努力しなければならないって時に。爆豪の前でハッキリ宣言した彼女が、どうしてもしがらみから抜け出せないでいる。

ヒーローになりたいという原点から、このしがらみまで全て――あの白い黒猫のために。

「おめでたい、って……」

幽姫は一瞬茫然として、爆豪の言葉を繰り返した。それから眉を寄せ、白い頬を紅潮させて、苛立ちのこもった声で答えた。
幽姫にしてみても、突然無理に引っ張って来られた末、嫌みったらしく怒鳴られては嫌になるに決まっていた。

「そうやって、爆豪くんはいつも……決めつけるようなこと言って。私が何を決めても私の勝手でしょう、どうしてあなたが口出しするの?迷惑そうにしていたくせに、私達のこと邪魔だったんでしょ。清々したって、思ってるでしょ。だったら放っておいてくれて構わないのに」
「決めつけたこと言ってんのはそっちだろうが!」
「私何か間違ったこと言ったッ?」

――全部だ。全部、適当なことだ。適当なことばっかペラペラと、腹立つ!

こういう風に怒るのか、こいつは。ムカついて仕方ない頭の片隅で、いやに静かな一部がそんなことを思う。

「お前が!嬉しそうにすっからだろ!!」

ねじ伏せるように怒鳴りつけた。幽姫がは、と声を漏らして口を閉じる。こういうところを指して、決めつけていると称されたのだとは爆豪にも自覚はあった。元来そういう物言いしかできない質だ。
しかし、決めつけているつもりはない。確かなこと、絶対に間違えていない。

「放っておけって言うならそういう態度してみせろや!俺の前に立って、嬉しそうにすんな!そんなだから、こっちだって清々なんてできねえだろがバァカ!!」

幽姫は黙り込んだ。はあ、と息をついた爆豪も言葉をやめる。
無音が続いた。また適当な言い訳をするんだろうか、それとも何か――爆豪が聞きたいような何かを言うだろうか。どちらにしても、納得の行くまで解放するつもりはない。

やがて聞こえた声は低く、どこか弱々しく思われた。俯いた顔、表情の見えない言葉の意図がわからない。

「……じゃあ、しない」
「は?」
「嬉しそうに、しない。それでいいんでしょ」

やけになって、なのか。それとも本当に、もういいと思ったのか。わからない。
とにかく爆豪はギリ、と奥歯を噛み締めた。

「爆豪くんに迷惑かけてたつもりなかった。ごめんね」
「――ちげえだろーが……誰がんなこと決めろなんて言ったよ」
「私が何決めても、私の勝手だって言ったじゃない」
「んなもんお前が良くても俺が許してねえんだよ」
「っ、だから!なんで爆豪くんが決めようとするの――」


「――ゴローが決めようが俺が決めようが一緒だろが!どうせテメエの希望じゃねえくせに!!」


ひゅ、と息を呑む音がした。

「テメエがどうしてえのか聞いてんだよ!その通りにならねえ原因はなんだ!我慢ならねーんだよ、お前がそうやって振り回されんの見てんのは!」

まるで自分の決定だと言うように、嫌な顔一つせず振舞ってみせる。爆豪に自分から近づかない。そのくせ目が合うと嬉しそうに笑う。そしてすぐにまた、遠ざかる。

気に入らねえな。わけわかんねーことに気を遣って、押し込めているようにしか見えねえんだよ。どうしてお前がそんなことする必要がある。押し通すくらいしてみせればいい、何も悪いことなどありはしないのに。

幽姫は何も答えず、その場に沈黙が降りる。
そしてその沈黙を破ったのは、ヴヴ、と耳慣れたバイブ音だった。少し肩を震わせたのは幽姫の方で、ちらりと爆豪を伺うように目を上げた。今ひとつ納得がいかない――しかし爆豪はチッと一つ舌打ちして何も言わなかった。

「も、もしもし……あ、うん……すぐ行く」

時計を見ると、いつの間にか三時半を少し過ぎていた。簡単に電話を終えると、幽姫はバツが悪そうに眉を下げた。

「えっと……お迎え来たみたい」
「……聞いてりゃわかるわ」

それもそっか、幽姫は少し安堵したように軽く息をついた。爆豪がそこまでキレてないように思われたのだろう。実際、唐突な横槍に興が殺がれた。

キャスター付きの椅子をデスクに戻して、部屋の出口に向かう幽姫をベッドの上からジトリと睨んでいると、ドアノブに手までかけた彼女が不意に振り返った。細められた瞳を見返すと、相手はへらりと苦笑する。

「……ゴローちゃんはね」

また。爆豪はイラッと顔をしかめる。こんだけ言って、まだその名を一番に口にする。

「私の、ヒーローなの」
「だから――」
「私も、ゴローちゃんのヒーローにならなきゃいけないの」

その言葉は、散々聞いた言葉とは似て非なる。怪訝な顔をした爆豪をふと見上げ、幽姫はなんだか困った顔をした。

「なのに、それが揺らいだの。なんでかわかる?」
「は?」
「だからかも。ゴローちゃんが爆豪くんを避けてるの」

最後にそんな言葉だけ残して、幽姫は爆豪の部屋を出て行った。



前<<>>次

[56/74]

>>Geist/Girl
>>Top