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ガイスト・ガール - 53



はっと気づくと、見慣れない綺麗なフロアの、大きなソファの上に寝転んでいた。

慌てて身なりを確認すると、コスチュームから制服にはきちんと着替えられたらしい。起き上がった拍子にお腹の上に転がっていた鞠がカラカランと鈴の音を立てて床に転がった。鮮やかな和柄が可愛らしいおもちゃ。

「霊現さん、お昼できたよー」
「えっ?」

ソファの上から手を伸ばして鞠を拾った時、麗日のおっとりした声がして振り返った。
綺麗なダイニングキッチンの中で、A組の他の女子達がそれぞれ食器を出したり料理を盛り付けたりと動き回っていた。幽姫は慌てて立ち上がり、鞠を手にダイニングに入った。

「ご、ごめんなさい!何もしてなくて」
「いーよいーよ!」
「大変だね、それ。霊現は座ってなよ」

耳郎が言いながら、伸ばしたイヤホンジャックでダイニングの椅子を一つ下げてくれた。手伝うよ、と言うと良いから良いからと芦戸が出てきて背中を押してきた。
居心地の悪いまま席に着き、うーんと眉を下げて手持ち無沙汰に鞠をころころ遊ばせてみる。

「それ、気に入られたみたいでしたから、差し上げますわ」
「八百万さんが作ってくれたんだよね。ありがとう……」
「いいえ、可愛らしいものが見れたので」

くすりと笑う彼女にそんなことを言われて、つい照れてしまう。可愛らしいというよりは、情けないところを見られたに違いない。

今日は小休止日とのことで、B組がTDLを使うのでA組の午後は身体を休めるのに充てていいらしい。もちろん自主練に充ててもいいわけだが。
A組の女子は事前に、寮の台所でみんなで昼ごはん作って食べよう!という葉隠の提案にいいねー!と賛同してこういう状況になっていた。ちょうど幽姫の両親も昼間は仕事中で、迎えが来ないのだという話をしていたから。
気を遣われたのかなぁ、と思うと申し訳ない。

寮に入るのは初めてだったのに、その感動――というほどでもないが――の瞬間を体験できなかったのは少し残念だ。
ゴローちゃんはといえば、八百万が作ってくれた鞠の中に身を埋め、顔だけ出してキョロキョロしている。大人しくしているなら別に構わないが、さっきまでも大人しくしていたかどうか……。

そうして幽姫がぼんやりしている間に、料理は机に並んでしまった。片付けは手伝わねば、と思いながら、いただきまーすと七人揃って唱和する。
合宿の時のようなカレーやら肉じゃがとは違って、女子だけで女子だけのために作るとやはり系統が違う。冷製のコンソメスープ、彩り豊かなシーザーサラダ、綺麗に巻かれたオムライスに可愛らしくハートのケチャップをかけたのは芦戸らしい。八百万御用達らしいソフトフランスパンに添えられたバター。
全体的に少々量が多めなのは、日々きつい集中特訓を受けているということで許されるだろう。

「おいし〜」
「よかったぁ!いっぱい食べてね!」

幽姫の前に座っていた麗日が嬉しそうに笑った。料理ができる女子はこの中の半分程度のもので、以前から自炊していたらしい蛙吹と麗日が中心だったらしい。

「あ……ねえ、私変なことしてなかった?失礼なこととか」
「ん?全然!」
「心配しすぎですわ。いい子じゃありませんか」
「ま、ちょっと自由気ままって感じあるけどね。あんたが振り回されんのわかるわ」

麗日と八百万は気にした風でなかったのに、耳郎が不穏なことを言うので幽姫は焦った。

「えっ……やっぱり何か」
「別に大したことしてないよ。リビング入った途端興味津々にうろうろして、そのままソファにダイブして動かなかったりとか」
「失礼!」

幽姫は思わず悲痛な声をあげて、もうっと床の上のゴローちゃんに目を向けた。鞠の中のゴローちゃんは堪えた様子もない。と言うか、本当に八百万の作った鞠が随分気に入ったようだ。猫は丸い物が好きである。

そんな幽姫にケラケラ笑って、芦戸と葉隠は楽しげだ。

「あはは、まあいいじゃん!気にしてないよ誰も」
「そうそう。男子はちょっとびっくりしてたけど」
「え、共用なの?」
「一階だけね。ゴローちゃんが憑いてるんだよ、って言ったらすぐ納得して行ったから大丈夫だよ」

そっか、と答えながら、そういう問題なのか?と内心首を傾げる。女子に見られただけでも恥ずかしいのに。
誰に見られたか、それが問題だ。上鳴なんかは動画でも撮って面白がりそうだ。

幽姫の特訓内容である。元々は母親から受け継いだ『降霊』の個性を強化する。というより、セーブしていた降霊の度合いをいくらか増やすのが目標だ。
全盛期の母は、車二台を猛スピードで飛ばすことができたほどの威力が出せたらしい。もちろんそこまでいくと、身体が殆ど霊に乗っ取られた状態なのでこちらの負担が大きすぎる。
うまい具合に、意識を保ったままゴローちゃんを降ろすことができれば、強力な個性として使えるのではないかと考えている。ただし、今のところ、降ろし過ぎてゴローちゃんに身体を乗っ取られてばかりだ。
ゴローちゃんなら悪さはしないだろうと信用はしているものの、あのわがままな気質を仕方ないと流してくれる周りの反応が無ければ、なかなか辛いものがある特訓だ。女子高生が寮のソファの上で鞠で遊んでいる光景とは、見るに耐えない。

「……え、あの、爆豪くんには……」
「ああ、そうそう」
「あれ面白かったよね!」

心配すぎて尋ねてみれば、耳郎と芦戸が顔を見合わせて笑った。不穏である。説明してくれたのは蛙吹だった。

「素晴らしい身のこなしだったわ。爆豪ちゃんの声がした途端、ババッてローテーブルの下に隠れちゃったの」
「ゴローちゃん……!」

もう恥ずかしさで頭が熱くなってきた。猫であれば可愛げもあるが、それを幽姫の身体を使ってやらないでほしい。
ただ、まあ、もう過ぎたことだ。気にしない気にしない!という芦戸達の軽い言葉通り、忘れてしまった方が幸せだろう。幽姫はへらりと苦笑して、オムライスから大きめの一口をすくった。



昼食を終え――片付けは率先して手伝った――女子会はテレビの前のソファに場所を移した。特訓の成果やら、今度どこそこで期間限定のスイーツが出るらしいやら、まああまり身のない話だ。
幽姫のお迎えが来るのが、母親のパートが終わる午後三時半頃。あと三十分程度。

楽しい時間はあっという間というのは、確かだ。
これまで、こんなに親しくクラスメイトの女子達と一緒にいることも少なかった。仲は悪くなかったのだけれど、幽姫に関しては、彼女達と一緒にいるよりはむしろ……だったので。
それなのにあぶれた幽姫に嫌な顔一つせず、昼食に誘い入れてくれた彼女達は本当に良い人たちだと思う。感謝してもしきれない。おかげで最近落ち込みがちな気分も忘れられる。

――いいなぁ、寮生活。色々勝手は違うんだろうけど、共同生活。楽しそう。何気ない雑誌の貸し借りを、CDの貸し借りを、じゃあ後で部屋に持っていくね、なんて軽く言えるみんな――羨ましいなぁ。

そんな気持ちが移ったかもしれない。ゴローちゃんが床の上で尻尾をパタンと下ろした。慌てて感情を押し込めて、他の子達にバレないように笑ってみせる。モヤモヤした尻尾は下がったままだ。

――いいよ、大丈夫。あなたが嫌がることはしないよ、だってあなたは私のヒーローで、私はあなたのヒーローだからね。


「――なんで居んだよ、幽霊女」

と。不機嫌な声がして空気が止まったような気になった。
もちろん止まったわけはなく、他の女子達がその声の主を見上げて、誰かが爆豪くん、と名前を呼んだ。

尻尾をピンと立たせたゴローちゃんが、ひょいと鞠から飛び出した。そのままひゅうっと、玄関に向かって飛んで行ってしまう。
あっと声をあげてそれを追おうとした。どこかに行っちゃう。

なのに、パシリと右の手首を取られた。

「待てや」
「っ……ごめんね、離して」

振り返ると、やはり不機嫌に顔を歪める爆豪がいた。離して、と言ったのに、むしろ手首を掴む力が強くなる。

「ねえ、ゴローちゃんが行っちゃうから」
「――ゴローゴロー、うっせえなテメエはぁッ!!」

ぎゅっと心臓が掴まれたような息苦しさ。低い怒声を直接受けて、受け流せるような精神はさすがにしていない。
まっすぐ怒りを投げかけてくる赤い双眸から目が逸らせない。

「爆豪くん、言い方きついよ……!」
「あ?黙ってろ麗日」

少しうろたえながら、幽姫のために声をあげた彼女にもぴしゃりと言い放つ。その言葉の一つ一つも、いろんな意味で、胸にくる。麗日。

「ツラ貸せ」
「え!ちょっ……」

掴んだままの手首をぐいと引いて、爆豪は迷いなく奥のエレベーターに向かって行った。
後ろでは彼を非難する女子の声が上がっていたが、それを全て無視する爆豪の背中は、やはりひどく――怒っている。

タイミング良くというか悪くというか、一階に止まったままだったエレベーターに幽姫を押し込んで、すぐ乗り込んだ爆豪は四階のボタンを押した。



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