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ガイスト・ガール - 51



夏休み中盤、雄英から『全寮制導入のお知らせ』が全生徒の家庭に送付され、教職員はそれぞれの家庭へ順に訪問して回っていた。

一年A組の家庭訪問、最後の一件を終えた相澤は、外付けの階段を一番下まで降りてから、深くため息をついた。隣にいるやせ細ったオールマイトも同じようなものだ。
大の大人が揃って落胆の強い情けない顔を晒すのもどうなのか。

「予想はしていたが……ちょっときちぃね」
「……仕方ないでしょう」

オールマイトの言葉にそう返しつつ、今しがた出て来た玄関を見上げる。一階は彼女の父親が仕事で使うカウンセリングルームらしく、自宅としての玄関は外付けの階段を上がった二階にあった。
と、その玄関がそっと開かれた。顔を出したのは、先ほどの話し合いの間一度も顔を出さなかった自身の担当する生徒だ。

彼女は相澤達がまだ階下にいるのを見て、慌てた様子で階段を降りて来た。

「霊現少女!顔が見えなくて心配したぞ。元気そうだな」
「オールマイト……はい、その節はありがとうございました」

幽姫は一瞬オールマイトの姿に目を瞬かせたが、すぐにぺこりと頭を下げた。
それから相澤に向き直り、また少し申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を告げる。

「先生すみませんでした……両親が失礼なこと、言いませんでしたか?」
「いや……冷静な方だった。そちら側に落ち度はないよ」

だからこそ、相澤達雄英側には、きつい。

ここまでの家庭訪問は、予想よりはるかに順調に進んでいた。渋る家庭はもちろんあったが、相澤達の説得と生徒の希望もあって、結局は首を縦に振ってくれた。
そして最後の一件まで来てついに、相澤達は相手の承諾を得られないまま、すごすごと玄関を後にしたというわけだ。

「お父上の言うことは、もっともだ」

――『力を尽くし、娘を無事に帰してくださったことはわかっています、感謝もしています。あなた方を信用していないわけではありません。しかしだからといって、そちらに全て任せるには、まだ私共は納得しきっておりません……幽姫を寮には入れません』

感情的にこちらの落ち度を責め立ててくれるのなら、それは絶対に再発しないと約束する。これからの生徒の安全は必ず保証すると強く言い切れる。
これまでの信用を裏切ってしまったことには心から謝罪するし、また新たに強固な信頼を頂けるように最大限の努力をすると示すことができる。

相澤とオールマイトを責めることはなかった。むしろ玄関先で迎え入れた時、霊現夫妻は開口一番に神野でのことに礼を述べた。信用していないわけではないと言った。しかし信用しているとはついに一度も言わなかった。
冷静だからこそ、熟考の結果、彼らは雄英に対して『納得しきっていない』と結論づけたのだろう。それを覆すことは、容易ではない。

「……あの、両親は悪くないんです」
「いや、それはもちろん――」
「違うんです。両親は、あの、入寮については……私の意向を汲むと、言ってくれました」

幽姫は言いづらそうにそう続けた。相澤は目を瞠る。

「つまり……お前の希望か?寮に入らないってのは」
「あー……いえ、私も、できることなら……もっと頑張らなきゃいけないんです。もっと」

俯きがちに言った彼女の手が、ゆっくり強く握られるのが見えた。握った拳をそのままに、幽姫は視線を上げた。

「このことは、自分でなんとかします。私じゃないと、多分、どうにもならない話です」
「……いつものやつか」

相澤が呟くと、幽姫は申し訳なさそうに眉を下げた。

いつものやつ。特殊な個性故に、彼女が他人に理解されないことで縛られているのはいつものことだった。
ゴローちゃんと言ったか。またそれに縛られて、彼女は自分の希望を足踏みさせる。両親も彼女自身も同意するなら、本来そこに障害など何もないはずなのに。『納得しきれない』、誰かが納得していないから、彼らは一歩立ち止まる。

「……わかった。だが、こちらも放っておくわけにはいかない。夏休み中、また何度か訪問させてもらうぞ」
「でも、先生方も忙しいでしょう。多分無駄足になります」
「はっきり言うな」

事実です、と幽姫は眉を寄せた。相澤は軽く息をつき、続けた。

「無駄足かどうかわかんねえだろ。よく知らんが、ゴローちゃんってのも雄英の熱量を見てるかもしれん」
「相澤くん……いいこと言うね!そうだな、根負けさせてやるぞ〜ゴローちゃん!」

熱血というのは、どちらかというと相澤よりはオールマイトの領分である。ウンウンと頷いてぐっと親指を立ててみせるオールマイトに、相澤は少し呆れ顔、幽姫は目をパチリと瞬いた。

「うーん……」
「あれ……反応がイマイチ……」
「いえ。ありがとうございます、相澤先生、オールマイト……私も、頑張ります。だよ、ゴローちゃん」

幽姫が不意に振り向いて、見えない猫の名前を呼んだ。視線の先にゴローちゃんがいるのだろう。オールマイトが再度親指を立ててみても、当然何も反応はないが。

「ゴローちゃん拗ねちゃいました。お時間取らせてすみませんでした、まだ次のお家あるんですか?」
「いや、ここが最後だ」
「……他のみんなは、やっぱり寮に入るんですよね」

その呟きに相澤が頷くと、幽姫はへらりと苦笑した。

「わかりました。ありがとうございます」
「……早く中に戻れよ。まだ外出禁止なんだろ」
「はい」

幽姫が素直に頷いたのを確認して、相澤達は待たせていた車に乗り込んだ。
座席から、外付けの階段を登っていく幽姫をじっと見ていたオールマイトが、うーんと唸った。

「彼女は自主性が低いのだろうか……幽霊の意向をそんなに気にするなんて」
「違うでしょう」

相澤も以前はそう判断していた。もともと気の強い性格ではないし、一見すれば自分の意思がないために幽霊のわがままに振り回されているように思われた。
しかし次第にそういうわけではないと気づき始める。最初は彼女が自身のヒーロー名に『ゴロー』と名付けたことだ。改めて思えば、彼女は“振り回されすぎ”ているのだ。

「むしろ自分の意思で自主的に、縛られてるんですよあいつは……半分、無意識なんでしょうけど」

それこそ、緑谷出久が隣で不思議そうな顔をしている彼にするように。
絶対的な存在であると意識的・無意識的に思い込み、その期待にそれ以上で応えようとしているように。自主性を殺すのとも違う。ともすれば頑固に、ゴローちゃんが悲しまないようにと。

担任としてどうするべきか、まだ相澤は決めかねた。ただ、それがヒーローを志すにどこか危ういことは、なんとなくわかっている。



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