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ガイスト・ガール - 49



神野区での壮絶な一夜。それはヒーロー社会を根本から揺るがす、大きすぎる事件だった。

多数のプロヒーローが重傷を負い、『オール・フォー・ワン』という強大な敵に圧倒されたこと。そしてそれ以上に、平和の象徴として社会の安寧を守ってきたNo.1ヒーロー、オールマイトの最後。
ステインや敵連合を含め、敵の活動が活発化してきたとされていた今、彼の事実上の引退はあまりに強い衝撃を与えた。

そしてそれから一夜明け、二夜明け、日を追うごとに――市民の混乱は、“ヒーロー”への不信感と今後の社会に対する不安に変わってしまった。

*  *

八月も中旬となり、夏休み終了まで残り十日余りとなった。そんなヒーロー科1-Aの登校日初日、彼らは一人を欠いていた。

「――あの、先生。霊現さんは……?」

緑谷が言いづらそうに、しかし聞かなければならないという風にじっと相澤の目を見て問うた。
寮の案内に入ろうとしていた相澤はふと言葉を止めた。しばし言葉を選ぶような沈黙があって、真面目な目で見上げる生徒達を前に彼は答えた。

「……霊現の親御さんから、入寮は断ると返事があった」

何人かの生徒が、ああ、と息をこぼしたのが雰囲気でわかった。
あの林間合宿で怪我をした生徒も、意識を失って入院した生徒もいた。その中で、一番危険な目にあったのが誰か。凶悪敵と一人やりあった緑谷だろうか、敵に身柄を狙われた爆豪だろうか――少なくとも、巻き込まれる形で敵の元へ連れ去られた彼女こそ、最初から最後まで命の危機に晒されていたとは言えるのだろう。

あの夜、緑谷や切島達五人は爆豪と幽姫の救出のために神野に向かい、そしてなんとか爆豪の救出に成功した。
しかしその場に幽姫はおらず、彼らも彼女と顔を合わせないまま、よく知らない警察から『彼女は無事だ』という言葉だけしか受け取っていない。
その後彼女と実際に顔を合わせた者は、生徒の中にはいないようだった。

「改めて理解をもらえるよう働きかけるつもりだ……明日からの訓練には顔を出す。当面は、親御さんが車で学校まで送迎して下さるそうだ」
「そう、ですか……」

生徒を学外の脅威から守るために、雄英高校が下した全寮制導入の決定。プロヒーローが常駐する雄英のセキュリティーの中が、最も安全な場所だと――幽姫の両親は、そう判断しなかったのだ。敵の侵入を受けてなお合宿に敵の襲撃を許してしまった事実、そしてその結果、大事な娘が危険に晒されたことが、看過できなかったに違いない。

*  *

「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい。お迎えはお父さんが来てくれるからね」

助手席から車を降りた幽姫に、運転席に座る母親は穏やかな笑顔でそれを送った。授業が終わったら電話してあげてね、という確認に素直に頷く。
幽姫が雄英高校の門をくぐったのを見送って、母親は車を出して去っていった。

まだ夏休み中の朝、正面玄関の大きな正門は閉じられている。そのためわざわざ別の勝手口に回っていることもあって、近くに人影は無かった。
幽姫が通ったのを認識したらしい門が自動で隙間を閉じ、がちゃんと施錠される音が響いた。普段寄り付かない場所を物珍しく思う幽姫と同様、近くをふわふわ漂う好奇心旺盛なゴローちゃんも、時々ふらりと草むらに入って行ったりした。そんなゴローちゃんに急ぐよと声をかけながら、クラスの教室に向かう。

登校を指示されているのはヒーロー科の生徒だけらしく、校舎に入っても人の声はしばらく聞こえなかった。足早に教室に近づくにつれて、耳慣れたはしゃぎ声がかすかに聞こえ始める。予想していた通り、他のクラスメイトは大体揃い始めているようだ。
1-Aと示された一ヶ月ぶりの背の高い扉を見て、なんとなく安心感を覚える。入学して半年も経っていないというのに、色々なことがありすぎた。

ガラリと扉を開くと、入口付近でお喋りしていた芦戸と蛙吹が幽姫に気づいてパッと笑顔を見せた。

「霊現!おはよー!」「おはよう、霊現ちゃん」
「うん、おはよ〜」

そんな彼女らにへらりと笑って返してみせる。二人が揃って小さく息をついたのがわかった。安心した、というような。

「よかったわ。軽傷だって聞いてはいたけど、心配だったの」
「ホントだよ!」
「ごめんねえ。ありがと」
「あー!霊現さん!元気そうでよかったぁ」
「わあー久しぶりだあー!」

芦戸達の前で足を止めていれば、麗日や葉隠など他の女子達も駆け寄って来て、心配してたよ、怪我は大丈夫、と矢継ぎ早に声をかけてくれた。
大丈夫だよ、心配かけちゃってごめんね、といつも通りに笑って返す。スマホの画面越しにはメッセージのやりとりで問題ないと報告はしていたのだけど、やっぱり一度も顔を合わせないと不安感は拭えなかったらしい。とはいえ、警察からも学校からも外出は控えるよう指示されていたのだから、ショッピングだなんだと遊びに行くこともできなかったので仕方がない。

そんなやりとりをしているとすぐに、またA組の扉が開いて相澤が入ってきた。いつも通りの気の抜けた調子で、うるせーぞ席つけ、と声をかけた。

「霊現……なんだ、問題なかったか?」
「はい。すみませんでした、この間は……」

少し複雑そうな表情で眉を寄せた相澤にそう言うと、いや、と首を振る。

「そんなことは気にするな。お前も、席につけ」

すでにクラスメイトはそれぞれ大人しく自分の席に戻っていた。はいと頷いて、幽姫も教室の一番端の自分の机に向かう。

ばちっと、赤い瞳と思い切り視線が合った。一瞬どう応えるべきかと迷って、結局曖昧に笑ってみた。
爆豪はさらに眉間にしわを寄せたが、幽姫が着席した時にはもう相澤の方に目を戻していた。



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