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ガイスト・ガール - 48



――『明日からもがんばろーね。今日はお疲れさま!』

思えば随分始めからだ。春の夕暮れに、俺の前に立っていた女はそう言って笑う。その日味わった挫折を、またこれからに繋げようと簡単に転嫁した。

鬱陶しい感じのない、あっけらかんとヘラヘラした笑顔。苛立ち、焦燥、後悔――やるせない渦巻く感情をさらりとすくわれたような気がしたのは、俺の勝手な勘違いだと今ならわかる。

なぜならあいつはあまりに浮き足立っていて、どっか次元の違う場所に身を置く人間だからだ。曖昧な奴らに心を砕いて、自身の存在すら曖昧に落とし込んで、ふわふわ漂う。

俺達じゃない――俺じゃない、何かにひたすら寄り添うところは全く気に入らねえ。
そんな奴に素直に手を伸ばすこともできず、風に舞う若葉のようにつかみ所のない笑顔を睨み上げるのも懲り懲りだ。

この俺がお前を見てやってるのに、なんで気づかねえんだよクソ女。腹立たしくてどこか切なく、それでもずっと見ているだけ。手の届く、けれどどうにも触れられない場所から『爆豪くん!』と楽しげに呼ばれるのは、まあ、嫌いじゃなかった。

引きずりおろしてやりたい、地に足つけて俺の横に立ってりゃいいのに。お前の一番はどうしたってあの相棒で、覆ることはねえんだろうな。俺の見えない奴らのことばっか気にしやがって。何を考えているのかわからないところは、心底腹立つぜ。
のらりくらりと俺の言葉を無視する勝手なとこも、全然言うこと聞きやしねえとこも。

……それでも、俺の前で馬鹿みてえに笑ってみせるなら、不満は全部流してやっても良いんだ。浮き足立ってても構わねえ、曖昧なそいつらに心を注いでも構わねえ、俺を一番にできなくても、今はまだ、許してやる。

だから、手の届く場所で。俺にまだ手を伸ばす勇気が出ないだけの、そこで、俺の前で待ってろ。

やわらかく笑って、すぐ爆発しちまう俺の感情をすくってみせろ。
ヒーローになるんだろ、最初の友達の名に恥じないヒーローに。

だったら。

*  *

大きな衝撃があって、レンガ造りの壁が崩れ落ちた。

「もう逃げられんぞ敵連合……何故って!?」

それは平和の象徴。

「我々が、来た――!」

オールマイトを筆頭に、プロヒーローが四人と武装した警察の突入。シンリンカムイの個性で縛られた敵は、優勢が入れ替わったことに気がつく。
そして、一瞬前に自分たちを壁際に抑え込んだあの強い力が無くなっていることも。

「怖かったろうに……よく耐えた!」

オールマイトはエッジショットが開いた扉を振り返った。その前で立ち尽くす少年と、彼に支えられてゆっくり目を瞬いた少女。

「ごめんな……もう大丈夫だ、少年少女!」
「こっ……怖くねーよヨユーだクソッ!!」

ついいつもの調子で反発してしまったが、オールマイトはぐっと親指を立ててそれを受けた。

「だったら爆豪少年、彼女を頼んだぞ!」

そう言われてはっとする。そうだ、今、つい一瞬前まで……。

オールマイトのスマッシュの勢いで飛ばされたのを、咄嗟に受け止めてそのままだった。視線を下げれば、黒い瞳とかち合う。
先ほどの暗い目ではなく、状況が今ひとつ飲み込めていないという風な、困惑した色に思わず小さく息をついた。

「……言いてぇことは色々あるがなァ」
「え」
「とにかく後で覚悟しとけや」

そう言うと、幽姫は二、三度目を瞬いてから、おずおずと頷いた。支える爆豪の右腕に、そっと指で触れられた感触。

「うん……えっと、爆豪くん――」

幽姫が何か言いかけた時だった。


「――お前が!!嫌いだ!!」


死柄木の悲痛な叫び声。バシャ、と何か液体が飛び散る音がした。

「脳無!?」

得体の知れない黒い液体が何もない空間から溢れ、その向こうからずるずると身体を引きずり現れた。
脳味噌とギョロリとした目を剥き出しにした、怪人『脳無』。

「どんどん出てくる!!」
「シンリンカムイ、絶対に離すんじゃないぞ!」

次々に黒い液体から現れる脳無に、プロヒーロー達の表情には焦りが浮かぶ。爆豪は一瞬、戦うべきか逃げるべきか迷った。普段ならば即座に前者を選んだだろう、しかし今は、腕の中にいる彼女を任された。

ぐっと奥歯を噛み締めたその一瞬で、喉からどろりとしたものがせり上がってきた。
咄嗟に幽姫を突き飛ばし、息苦しさに口を開くと、ごぽり。床に腰を打った幽姫が、爆豪を見上げて目を見開いた。

「爆豪くん!!」
「爆豪少年!?No!!」

声に振り返ったオールマイトがこちらに向かってくるのも見えた。

「っだこれ……!体が……飲まっれ……っ」
「ダメ、爆豪くん――!!」

苦しそうに表情を歪めた彼女が、必死に手を伸ばしてくるのも。

それに応えるための腕もすでにどこかへ消えていて、赤と黒の視線が強くぶつかった直後、爆豪は飲み込まれた。



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