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ガイスト・ガール - 47



『――誰よりも“トップヒーロー”を追い求め、もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、敵は浅はかであると私は考えております』

強い口調で、テレビの中の相澤は言い切った。教え子である爆豪への、彼の評価はそうだったのか。

「ハッ、言ってくれるな……!そういうこったクソカス連合!!言っとくが、俺ァまだ戦闘許可解けてねぇぞ!!」

相手の目的は、自分を味方に引き入れることだ。拘束を解き対等に扱うと言ったことからも、奴らが爆豪を利用価値のある人間と判断し、穏便に話を進めようとしているのは明らか。
本気でやりあうつもりのない相手なら、自分の個性で二、三人はやれる――

『では、霊現さんについてはどうなのです?』

テレビの向こうで、冷たい声の記者が鋭く言い放った。爆豪の動きが一瞬止まる。

『彼女は爆豪くんの拉致に巻き込まれたと聞いています。いわば敵にとっては不要……そんな彼女を、敵がのんびり世話しているわけがないでしょう。感情の問題では無く、具体策があるのかと伺っております』
『……我々も手を拱いているワケではありません。現在警察と共に調査を進めております』

巻き込まれた。不要。思わず視線を移す。彼女はまだ。

「手を出すなよお前ら……こいつは……大切なコマだ」

低い、苛立ちのこもった震える声で死柄木はそう言った。爆破で落ちた掌を拾い上げ、ゆっくり顔に着け直す。
ふらりと爆豪に向かい合い、幾分落ち着いた声で言葉を続ける。

「出来れば少しは耳を傾けて欲しかったな……君とはわかり合えると思ってた……」
「ねぇわ!」
「仕方がない。ヒーロー達も調査を進めていると言っていた……悠長に説得してられない」

死柄木は爆豪に目を向けたまま、二歩、後退した。

「先生――力を貸せ」
『……良い判断だよ、死柄木弔』

ザザ、とかすかに砂嵐の音を鳴らすテレビの向こうから、“先生”という存在の声がした。
死柄木が連合のトップだと思っていたが、まだ上に黒幕が潜んでいるのか。

「先生ぇ……?てめェがボスじゃねえのかよ、白けんな!」
「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ……ここまで人の話を聞かねーとは、逆に感心するぜ」

爆豪の雑な挑発には乗らないらしい。呆れたように言った死柄木に、爆豪はわざと嘲笑して見せた。

駄目だ、その位置、嫌な予感がする。

「聞いて欲しけりゃ、土下座して死ね!」
「……そちらの彼女はどうする?」

仮面の男が死柄木に問いかけた。爆豪はぐっと息を呑む。
あ?と気だるげに答えた死柄木は、ゆっくり膝を曲げて彼女の隣でしゃがみ込んだ。

「『不要』つったろ」
「っテメエ……!!」
「人質のつもりはなかったが……こうも効果ないんじゃ、やっぱ置いとくだけ無駄だ」

先ほど爆豪は、全くなんの躊躇もなく死柄木に殴りかかった。一刻も早くこの場を去るのが賢明だと、思ったからだ。一刻も早く、幽姫を連れ出したいと、思ったから。

――その判断が死柄木には、彼女の命に露ほどの価値もないと思わせた。

青白い手が伸びる。表情の見えない彼女の頭を覆うように。触れたものを塵にする個性――以前ニュースで報道された、死柄木弔の個性。

「ふざけんなッ!離れやがれ――!!」

右腕を引く。手のひらが痛む最大火力で――その時。


パァァン!!―― 耳を擘くような音が響いた。


「きゃあ!なんですかもう!」

カウンターの奥にいた少女が悲鳴をあげて、後ろを振り返る。
バーの壁には所狭しとアルコールのボトルが並んでいた――それらが一つ残らず破裂して鋭利な破片となり、こちらを向いているのを見て、少女は大きな目を丸く見開く。

「なによ突然……!」
「……まさか」

さっと店内の面々に視線をやり、最後に死柄木は目の前の人間に目を向けた。
すんでのところで止めていた自身の手で、その頭に触れようとして――見えない何かに、突き飛ばされた。

「てめっ……寝こけてたんじゃねえのかよ!」
「――ありえない……でしょ……?」

黒の髪がゆらりと漂い、その下から穴の底のような黒い瞳が死柄木を見ていた。

ぶわりと強い突風が巻き起こり、室内の全員がとっさに目を細めたり顔を覆ったりと反応した。そうして塞がれた視界に対して、死柄木の耳にはぐっ、と漏れた味方の声が届いた。

「コンプレス!?大丈夫かよ、死んだな!?」
「掠っただけだ!」

チッと舌打ちしたコンプレスの首元、黒いフェイスマスクを切り裂いて、その下の皮膚に赤い線が走っていた。
彼のそばの壁に、褐色瓶の破片がいくつも刺さっている。


「――殺すよ」


静かな声で言い、彼女はふらりと立ち上がった。
手足の縄は千切れ、瓶の破片が床に縫い付けている。その破片に赤い血が付着しているのは、立ち上がった彼女の手首からたらりと流れるそれだ。
いくつかの欠片は狙いが外れたかのように、彼女の腕や足に突き立っている。そんなことは気にもかけず、底のない、光のない黒い瞳で彼女は敵をじいっと見回した。

「――あなたたちが、殺したから……殺すよ、当然だよね」
「おい!なに言ってんだテメエ……!」

いつもの幽姫ではない。爆豪は焦って叫んだ。
幽姫はピクリと反応して、じろりと彼を振り返る。その無表情も暗い目も、爆豪は見たことがなかった。一体あれは……なんだ。

「爆豪くん、逃げて」

それでもすぐにかけられた言葉は、やはり。

「ハッ!『殺す』なんて言いながらヒーロー気取りか!?」
「お前、さっきそいつに見捨てられたの気づいてねーのかよ?」
「黙って」

スピナーや荼毘の、嘲笑混じりの台詞。幽姫はまた強く空気を押し出した。
爆豪も背後にあった扉にぶつかった。先ほどより強い圧力、今度は突風ではない――足に力を込めたとしても、何かおかしな力で無理やり壁際に押し込められた。ガシャンッと音を立てて、割れたボトルの棚に突っ込んだのは黒霧だ。

「見捨てられた?……どうでも、いいの」

その棚から、照明の光をぎらぎらと反射させる破片が出て行く様。
見えない何かが操るように、宙に浮いて壁際の敵達に切っ先を向ける。

「脅してたつもり……?いいの、爆豪くんは……霊感あるもの。怖くなんかない――死ぬのなんかね」

その言葉を聞いて、爆豪は目を見開いた。
――んだよ、それ。そんなこと思ってたんか、お前。

「あなたたちは――殺すよ。みんな、殺したがってるから」

殺したがってる。その言葉に共鳴するように、宙に浮く刃物達がブルブル震える。
武者震い、だろうか。

「――恨めしい。殺す!後悔して死ね」

低い叫び声と同時に、鋭利な破片はそれぞれの標的に向けて飛び出した。

「やめろ――幽姫ッ!!」



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