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ガイスト・ガール - 46



油断していたのだろうか。安堵しきってしまっていたのだろうか。まだ敵がいる可能性も、それが爆豪を狙っていることも、もちろんよくわかっていたはずだったのに。


気がつくと埃っぽい板張りの床の上に、うつ伏せで転がされていた。
意識が回復すると同時に矢継ぎ早に流れてきた記憶達に既視感を感じる。少し落ち着かせてほしい、一体何が起きたのだか、幽姫自身の記憶が曖昧だ。

「あっ、幽姫ちゃん起きたぁ?」

場に似合わない明るい声に名前を呼ばれ、ハッとして身をよじる。
後ろ手に回った手首も、足首も雑に縄で拘束されているのに気づいた。ついでに口元も布で覆われているので、疑問形で言葉をかけられたところで返事はできない。

首をひねることで視線を声の方に向けたが、視界に入ったのはその主だけではなく。

「ごめんね!幽姫ちゃんカァイイけど、逃がしてあげちゃダメなんだって!」
「黙ってろトガ」
「はあーい」

トガと呼ばれた少女は、まだ幽姫達と同年代に見えた。しかし面倒くさそうに呟かれた言葉に対し素直に返事をすることからして、堅気ではない。
というか、彼女の周りに漂う幽霊の恨みつらみの感情、相当まずい類のものを連れている。

そしてそんなトガを適当に諌めた男――灰色の手のひらを顔にくっつけた不気味な男、見覚えがあるなんてものではない。
数ヶ月前の事件は、入学したての幽姫達に一生残るような衝撃を与えたのだ。

「ったく、無駄なもんくっつけてきやがって……」
「効果範囲に入ってたんでね、仕方なかったのさ」

死柄木弔――どうやら、爆豪を狙った襲撃は敵連合の犯行だったらしい。
彼の愚痴に軽い調子で返した声。この場にいる幽霊から流れてくる恨みの対象から、すぐそばに数人の敵がいることはわかっていたので、そのうちの一人。


やっと思い出したのは、緑谷達と共に爆豪を護衛して行く道中で、突然周りの全てが遮断された感覚だった。
直前に何か悪い霊が近づいてくるのに気づいて咄嗟に爆豪の腕をとって、そのまま。効果範囲、というのはよくわからないが、あの時の感覚は敵の個性による攻撃だったのだろう。
爆豪を狙っての発動に、その隣で彼に触れていた幽姫が巻き込まれたのだ――と、その敵にくっついていた霊が幽姫に教えた。

「人質くらいにはなるだろ」
「おいおい荼毘!そりゃ名案だぜ!敵に勧誘しようってガキが、女一人でビビって頷いてちゃ世話ねえだろバーカ!」

勧誘?――不必要に騒がしい声のおかげで、やっと状況が飲み込めた。

爆豪を狙っている、てっきり命をというやつだと思っていたが、幽姫も含めて未だ無事でいるのが謎だった。爆豪の身柄を狙って襲ったのだ、敵の味方に引き込むために。

――そんなの、無意味に決まってるのに!

「そうだ、人質なんてセコイことするつもりはないぜ……ただ、殺しちゃ話も聞かねえだろうから生かしてやってるだけだ」

言いながら、背の高い椅子の上から幽姫を見下ろす、手のひらの奥の目。眉を寄せてそれを見返してやると、少しいらだたしげに目を歪める。

「ムカつく」
「にしても起きないねぇ」

死柄木の向こうでバーカウンターに頬をくっつけながら、トガが呟いた。彼女の視線の先に、なんとか顔を向ければ彼の姿が認められた。
強力な個性を警戒しての拘束具で椅子に縛りつけられ、首を垂れて眠ったままの彼。

――『ヒーローなら、大事なものは守るんだよ!』

そう背を押されて駆け出したはずなのに、大事な男の子は目の前で敵の手の内にいる。
役立たず、何をしているんだろう、私――幽姫は口元の布を噛む。何もできずに巻き込まれ、あまつさえ人質に取られるなんて。

ダメだ、何としても……彼だけは逃がさなければならない。足手まといにもなるわけにはいかない。

幸い、幽姫の個性には手も足も言葉もいらない。まだやれることはある。ゴローちゃんがいなくても大丈夫。
なぜなら彼らを恨む存在が、ここにはこんなにたくさんいるのだから……まだ、手は残っている。できれば使いたくはなかったけれど。

*  *

「早速だが……ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ね!」

ふざけたことを抜かす。
即座に言い返せば、余裕ぶった死柄木弔はわざとらしく肩をすくめた。敵のアジトにて拘束を受けているこちらの方が不利なのは明らかであって、その態度も当然なのだろう。

そう広くない店内に、死柄木を中心に置いて七人。数ヶ月前にも顔を合わせた黒い靄の姿もある、嬉しくない再会だ。つまりあのワープゲートがいる限り、生半可な攻撃は全てどこかに飛ばされる可能性が高い。
見たことのない奴らの個性は把握していないし、合宿所への襲撃の実行犯達だとすればそれぞれ実力はあるのだろう。

――何より、あいつがいる。

爆豪はますます赤い瞳に力を込めて敵達を睨みつけた。死柄木の足元に横たわっているのは紛れもなく幽姫だ。うつ伏せに倒れ、髪で遮られた表情は見えない。爆豪ほど厳重ではないが縄で両手足を縛られて動けないでいる。そもそも意識はあるのだろうか、爆豪が目を覚ましてから身じろぎ一つしない。

「こいつが気になんの?」

爆豪の視線に気づいた死柄木は、キィと椅子を回して問いかけてきた。

「さっきまでムカつく目してたんだけどなァ。急に大人しくなったよ。別になんもしてないぜ、ゲストのお伴だもんな?」

皮肉っぽく言いながら、赤いスニーカーの先でコツコツと彼女の頭を蹴って遊ぶ。その様子がどうしたって腹に据えかね、カッと頭に血がのぼる。

「そいつに触んな!!」
「あらぁ、怖い怖い」

死柄木の後ろに控えるサングラスの男が、嫌に高い声で軽く笑った。
死柄木はといえば素直に幽姫を蹴っていた右足を退けて、それから背後の壁際に据え付けられたテレビを見やる。

いつの間にか場面の切り替わっていた画面の中では、見慣れた担任が見慣れない姿で深く頭を下げていた。ヒーロー科一年生二十八名に被害が及んだこと、敵を防げず社会に不安を与えたことを謹んでお詫び申し上げます。
校長とB組のブラドキングも、三名が代表しての雄英高校の謝罪会見。

「不思議なもんだよなぁ……何故奴らが責められてる!?」

多くの記者に寄ってたかって質問という名の攻撃を繰り返される彼らを、死柄木は手を広げて演説でもするかのように評する。

「奴らは少ーし対応がズレてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!――現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ、爆豪くんよ!」

以前ヒーロー殺しと呼ばれた敵が唱えた、現代のヒーローはヒーローではないと。超常黎明期、心ある慈善者達が憧れのヒーローとなり、人々はその存在に熱狂した。その必要性に地位や名声という対価を与えることで、混乱渦巻く社会を維持する今の世の中。ヒーローの意義、正義の在り方、それは今や金と自己顕示に塗りつぶされた。

だから“問う”のだと、死柄木は言う。
「この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう!俺達は勝つつもりだ――君も、勝つのは好きだろ」

そして爆豪のすぐ側に立っていた荼毘というらしい男に、拘束を解くよう指示した。

「暴れるぞ、こいつ」
「いいんだよ。対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それにこの状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろ?雄英生」

爆豪はもう一度、視線を彼女に向けた。金具の擦れる音を立てて拘束具が外されていく間、やはり幽姫は何も反応を見せない。
爆豪達を個性で攫った仮面の男が話し続ける。ただ訳も無く敵として暴れているだけではない、確たる信念の元、社会に抗う戦争を。

死柄木が椅子から降りた。床の上に広がる黒髪を一歩踏みつけ、爆豪の前まで歩み寄る。全ての拘束は外された。

「ここにいる者、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ苦しんだ……君ならそれを――」

――BOOOM!!


ノーモーションで起こした爆発は、死柄木の気持ち悪い掌のマスクを吹き飛ばした。
まるで知ったような口振りの言葉など、耳を貸すつもりはさらさらない。


「黙って聞いてりゃダラッダラよォ……馬鹿は要約出来ねーから話が長え!」

途端に敵が騒然となった。まさか間髪入れずに爆豪が抵抗するなど予想していなかったのだろう。気の抜けた連中だ。

「要は『嫌がらせしてえから仲間になって下さい』だろ!?無駄だよ――」

そりゃ勝つのは好きだ、勝たねえと何にも意味ねえだろが。
だけど彼らは、やはり爆豪のことなど何一つわかっていなかったのだ。

「――俺は、“オールマイトが”勝つ姿に憧れた!誰が何言ってこようが、そこァもう曲がらねえ!!」

ここで“勝つ”。勝って、あいつを――幽姫を連れてここを出る。



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