『A組B組総員――戦闘を許可する!!』

受信したマンダレイのテレパシーは、戦局がかなり悪い方向に向かっていることを理解させた。
それでも前を突き進む灰色髪の少年は、続く幽姫と拳藤を振り返って気合の入った声で言う。

「聞いたかお前ら!?ブン殴り許可が出た！」
「待てって鉄哲！」

さっきから鉄哲を追う拳藤は、とりあえず一旦作戦を立てたがっていた。しかしその制止の声を、鉄哲の方は相変わらず危険を諌める行為だと思っているらしい。
敵のいる方角は幽姫が伝えたので、着実に近づいてはいる。近づいているからこそ、拳藤の思っている通り、一度ちゃんと状況を整理するべきだろう――幽姫がそう口を出そうとした時。

『敵の狙いの一つ判明――生徒の「かっちゃん」!!』
――え。

『「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて！単独では動かないこと！わかった!?「かっちゃん」!!』

マンダレイがその名前を繰り返して、すぐにテレパシーは切れた。かっちゃん？と鉄哲と拳藤は声を漏らす。

「かっちゃんって誰……」
「爆豪くん……！」
「爆豪!?あいつが狙われてんのか！」

緑谷だけが使う、彼のあだ名。幽姫が顔をしかめて答えると、鉄哲は大きな声のままで言った。

「だったら霊現！お前そっち行け！爆豪の居場所もわかってんだろ!?」
「で、でもこの先の敵は」

確かに、爆豪の場所もゴローちゃんはきっちり探し出していた。それも、どうやらこの先にいる毒ガスの敵より、よほど邪悪な相手と対峙していることも。
だからこそ『かっちゃん』と繰り返すマンダレイのテレパシーを聞いて、すぐにでも彼の元へ向かいたい焦燥に狩られたのは事実だ。しかし、そのために鉄哲と拳藤を放って行くのは。

「そんくらい、俺と拳藤でなんとかするわ！」
「霊現、行きな！私達の方は大丈夫だから」

迷う幽姫を振り返って、二人は気丈に言い切ってみせた。

「――ヒーローなら、大事なものは守るんだよ！」

「っ……ごめんなさい、二人とも気をつけて！」

最後に拳藤に背を押され、幽姫は方向を変えて飛び出した。
ゴローちゃんの名前は呼ばずとも、気持ちは一緒だったらしい。大事な、彼の元へ。少しでも早く。

＊　　＊

「――霊現さん!!」

緑谷の声が聞こえたと思ったら、風をきる音がしてぐんっと不意に身が引かれた。
またゴローちゃんが勝手にしたのかと思ったが、どうやらそう言うわけでもなかったらしい。

「すまない！まさか現れるとは思わなかった……！」
「え、障子くんっ？」

幽姫を引っぱったのは障子が複製した腕だった。勢いよく引き寄せられ、慌てて体制を立て直すと、障子と彼に背負われている緑谷がいた。
驚いて名前を呼んでしまったが、同時に目の前の二人はまずいっと顔をしかめた。

「避けてッ!!」
「は、なん――きゃあっ！」

緑谷の言葉の意味が一瞬わからなかったが、理解する以前に迫ってきた黒い腕に反応したゴローちゃんが、とっさに幽姫をその場から弾いた。
なんとか影の腕を避けた幽姫がそのまま慌てて緑谷達の側に寄ると、どこからか獰猛な吠え声が響いてきた。

「な、なにあれ？」
「あまり声を出さないでっ、音や動きに反応して攻撃してくる！」

というか緑谷も一体どうしたというのか。身体中があざだらけで、顔中も乾いた赤い血にまみれたボロボロの様相。
障子に背負われていなきゃ、移動もまともにできるとは思えないくらいだ。わかっていたことだが、そこかしこで乱戦が起きているようだ。

「常闇くんなんだ。敵に襲われて、個性が暴走した」
「え」
「とにかく光が必要だ！今、かっちゃんのところに向かおうとしているんだけど」

確か、常闇の個性は光のもとで大人しくなり、闇の中で獰猛になるモンスター。合宿では闇の中でそれを制御する訓練を行っていたらしいけど、ここまでの存在だったなんて。

声を潜めた緑谷の説明に、幽姫は一応の状況は納得した。爆豪が敵に狙われていることから、緑谷は彼の元に向かうつもりだったのだろう。常闇を止めるにも、実際に体育祭で彼を抑え切った爆破の光は頼りにできる。

「霊現さんも、かっちゃんのところに？」
「うん、テレパシーを聞いて」
「正確な位置は？わかってる？」

早口で問いかけてくる声に、緑谷の焦りが感じられた。どうも爆豪達が出発した順番から、大まかな位置の予想をして移動していたらしい。
緑谷を抱えて逃げ回っていたのだろう障子の体力も、敵の襲撃から経過した時間から爆豪がまだ無事という保証がないことも、他の者達の状況も含めて不安要素は多い。

「大丈夫、わかってる――案内するよ！」

幽姫ははっきり頷いて、木々の向こうで暴れ回る常闇の黒影を振り返った。
あの個性なら、爆豪達の対峙する相手もひねりつぶせるかもしれない。