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ガイスト・ガール - 41



少し歪で大ぶりに刻まれた具材のゴロゴロ入ったルウと、飯ごうで炊いた白米。疲弊した身体に鞭打って、クラスメイトで協力して作り、やっとありつけたカレーのうまさといったら。だいたい精神的な理由である。

林間合宿の二日目、特訓の初日。各々、ひたすら個性を使い続ける地獄絵図を繰り広げてきたばかりである。

がつがつ平らげていくクラスメイトを尻目に、緑谷は少し多めによそったカレーの一皿を手に、暗い坂を登っていた。
小さな足跡がぽつぽつと坂の上に向かっている。ヒーロー科生を嫌煙している彼は、きっと自分達と共に食事を摂るのが嫌なのだろう。

プッシーキャッツの一人である虎のブートキャンプでひたすら筋繊維を千切りまくる特訓は、なかなか激しい疲労感を与えてきた。普段ならなんともない坂でも、つい歩調が遅くなってしまう。
しかしのんびりするほど時間の余っているスケジュールでもないのだから、と気合を入れて足を前に進める。遅くなってはカレーがなくなる。

ぐい、と持ち上げた左足がズリッと土を滑って、あっと思った時には態勢が崩れていた。

とっさにカレーの皿を掲げるようにして、顔から地面にぶち当たるのを待ったが――

「……あれ?」
「大丈夫?緑谷くん」

ふっと浮遊感を感じて、倒れかけた緑谷の身体が元に戻った。後ろからかかった声に振り返れば、坂の少し下でこちらを見上げる幽姫の姿があった。

「霊現さん!ありがとう」
「ううん……洸太くんのところに行くの?」

どうやら幽姫も、雄英生から遠ざかって行く洸太の姿を見ていたらしい。
おそらくゴローちゃんに助けられたのだろう、ストンと地面に足がついた。その通りだと頷いた緑谷に、安心したようにへらりと笑う。

「そっか〜。ふふ、緑谷くんってさすがだね」
「え?何が?」
「カレーを守って顔から転けるなんて」

それはただ、咄嗟についとってしまっただけの行動だったのだが。緑谷は恥ずかしさに頬を染めながら、苦笑して返した。

「さすがって……思わずだよ」
「今度はこけないように気をつけてね。緑谷くんの分、確保しとくから」
「え?霊現さんは行かないの?」

まるで当然のようにクラスメイトのところへ戻ろうとしたので、緑谷は目を丸くして問いかけた。すると対する幽姫も目を瞬いた。

「だって、私が行っても意味ないと思うし……」
「あ、そういえば昨日そんなこと言ってたっけ」

直後に爆豪が現れて結局きちんとは聞きそびれてしまった言葉だ。
緑谷はそれを思い出して、でも、と続けた。

「それこそ僕が行くのも、意味があるかどうかわからないし」
「緑谷くんはいい人だもの」
「霊現さんもいい人だよ!」

そう声をあげると、幽姫が驚いた顔をした。あれ、変なことを言っただろうか。緑谷は少し慌てる。

「ほら、霊現さん、僕よりも洸太くんのこと心配しているみたいだし……前から思ってたけどね。なんたってかっちゃんと仲良くしているんだから、相当いい人だよ」
「そうかなあ……」

幽姫は目を瞬いて、なんだか少し困ったように眉を下げて笑った。

「私はただ、流されてるだけなの。洸太くんのことも、爆豪くんのことも。あの二人やゴローちゃんが、彼らのことを気にしているから――私が気にかけているように見える理由は、たったそれだけ」
「……そうなの?」

緑谷が意外に思って聞き返すと、そうだよ、とあっさり頷いて返された。
なんだか釈然としない感じがする。

「じゃあ。押し付けちゃうみたいで悪いけど、お願いね」
「あっ……」

当の幽姫はといえば、話は終わりとばかりに踵を返して行ってしまった。

もう少し話がしてみたかったのだけど、仕方がない。緑谷は伸ばしかけた手を引っ込めて、再度坂を登ることにした。お腹をすかせているだろう五歳児を、一人で待たせておくわけにもいかない。

*  *

緑谷と別れてクラスメイトのテーブルに戻った。
すでに鍋のカレーが随分減っていて苦笑してしまう。これは、放っていたら本当に緑谷の分の夕飯がなくなるところだった。そういうところに気づかず行ってしまうあたり、やはり緑谷はヒーロー志望だ。

「お前やっと来たんか」
「あ、爆豪くん。おかわり?」

一枚だけ残っていた皿にご飯を盛っていたら、ちょうど呆れ顔の爆豪がやって来た。
ついでだとしゃもじを片手にもう一方の手のひらを差し出すと、一瞬動きを止めた爆豪が素直に空の皿を渡してきた。

「どのくらい?」
「……そんなにはいらねえ」

聞いてみると、眉をひそめて幽姫が今盛っていた皿を見て呟いた。控えめに見ても山盛りである。わかってるよ〜と笑いながら、とりあえず適当に盛っておいた。

「おかわりだものね、このくらいでいい?」
「ん……つかテメエそんな食うのかよ太んぞ」
「余計なお世話だよ〜っていうか、私の分じゃないし」
「あ?じゃあ誰のだよ」
「緑谷くんの」

米の量に合わせてルウをかけながら答えると、爆豪が急に押し黙った。
不思議に思って目を向けると、心底苛立っています、というような顔つきで眉間にしわを寄せている表情が見えた。そしてやっと、爆豪と緑谷は仲の悪い幼馴染だったことを思い出す。ちょうど昨日、緑谷と鉢合わせた爆豪に理不尽に怒鳴られたのも記憶に新しい。

「二人って、本当に仲悪いね」
「うっせえアホ!知ってんだったらデクの名前口に出すな!」

やっぱり理不尽だ。そう思いながら、ごめんね〜と軽い謝罪をしつつカレーの皿を差し出した。フンと不機嫌に鼻を鳴らした爆豪がそれを受け取る。

「なんでテメエがデクの世話なんか焼くんだ、ほっとけあんなの」
「洸太くんのところに行ってくれたから、代わりに夕飯確保してるの……あ、ねえ新しいお皿ってもうない?一枚足りないの」

不機嫌な爆豪は軽くスルーして尋ね返した。すると爆豪はまたむすっと口を閉じた。
知らないならいいんだけど、と言いながら緑谷分のカレーを完成させて、鍋の蓋を閉じた。残り一人分くらいしかないけど、さっきからおかわりを狙っているらしい切島と瀬呂の視線が気になるところだ。

深く考えていなかったが、これはむしろ自分の分の夕飯が無くなりそうな予感――幽姫がやっと気づいたところで、爆豪があー、と珍しく歯切れの悪い声で言った。

「……んな量はねえけど、お前の分、あれ」

苦々しい表情で爆豪が指差した方の席を見ると、隣り合って二人分空いた席に、きっちりラップをかけられたカレーが一皿残してあった。スプーンはご丁寧にティッシュで包まれて置いてある。
幽姫が目を丸くすると、爆豪はチッと舌打ちして荒い足取りで席に戻っていった。幽姫の分だというカレーが鎮座する隣の席だ。

爆豪がさっさと行ってしまったので、慌てて緑谷のカレーにラップをかけ鍋の隣にわかりやすいよう置いておくことにした。

「なーまだ残ってるかあ?」
「あ、うん。でもこれは緑谷くんのだから、取っちゃダメだよ」
「おー。なんで緑谷……?」

切島と瀬呂が鍋に寄って来たので釘を刺しつつ、幽姫は瀬呂の疑問を放置して爆豪の隣に向かった。ゴローちゃんはすでに爆豪の膝の上に戻っている。

「遅かったねー霊現。ギリギリ!」
「爆豪がとってなかったら食いっぱぐれてたな!」
「うるせえぞアホ面!」
「え、なんで俺怒られたん……?」

芦戸と上鳴の言葉で事情はすぐわかった。幽姫はにっこり笑って頷き、席に座って手を合わせた。

「ありがとう、爆豪くん!さすがみみっちい、じゃなくて、気のつく性格だね」
「あ!?誰がみみっちいだ!食わせねえぞクソ女!」
「いただきま〜す」

隣で喚く爆豪を無視して、幽姫は嬉しそうな表情を崩さずに、几帳面に隙間なくかけられているラップを剥がしにかかった。




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