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ガイスト・ガール - 33



ある朝のホームルームの時間、いつものごとく気怠げに話し始めた相澤はこう告げた。

「――夏休み、林間合宿やるぞ」
「知ってたよ――!やった――!!」

途端に歓喜に沸く教室。合宿という名目であっても、学校行事、さらに夏の外泊とあらば生徒の興奮も当然のこと。しかし相澤はわいわい騒ぎ始めた教室内を一瞥で静まり返らせると、さらに続けた。

「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!!」

青春の一ページに影を残せないなど、学生にとっては悲劇的なことこの上ない。

*  *

昼休みの騒々しさを見せる廊下を教室に向かって歩いていると、丁度隣のクラスから男子生徒が一人出てきた。
あっと声を漏らすと聞こえたようで、振り返った彼は幽姫の顔を見て目を丸くした。続いて、面倒臭そうに眉を寄せる。

「物間くん!久しぶりだね〜」
「霊現さん……何か用?」
「そうそう、約束してたゴローちゃんの写真。なかなか会わないから遅くなっちゃった」

ちょっと待ってね、とスマホを取り出して操作し始めた幽姫を前に、食堂に行こうとしていた物間は諦めのため息をついた。
放って行ってもどうせまた数日後、同じように絡まれるに決まっている。

「……別に見たいとは言ってないんだけどなぁ?」
「これなの〜可愛いでしょ!」

物間の嫌味っぽい口調は無視である。にこにことスマホの画面を押し付けるように見せつけてくる幽姫は、相変わらず話を聞かなさすぎて腹立たしい。
渋々受け取った画面にはふてぶてしい黒猫と幼い少女のツーショット。じろりと一瞥してから、一言。

「むしろブサイクな気がするけど――ああああ」
「ああああゴローちゃん!」

こういう時だけは、はっきり本心を伝えるタイプの物間だった。おかげでまた――体育祭の時同様――ゴローちゃんに振り回されるハメになっているのは、学習していないとも言える。
1-Bの教室前に浮かんでぐるぐる旋回させられる物間とそれに狼狽えて声を上げる幽姫、シュールな図である。

「なーにやってんだ物間!」

そんな二人の元に慌てた様子で現れた救世主は、大きな掌で物間の身体をすっぽり覆って受け止めた。
同時にゴローちゃんも容赦したようで、青い顔で地に足をつけた物間が再び浮き上がることもなかった。

「くそ、また……なんなの?ゴローちゃんは僕に恨みでもあるわけ!?」
「ごめんね物間くん!多分カーストが下に思われてるだけだと思うの」
「余計ショック!」
「……ああ、あんた確か、騎馬戦の時の」

掌を普通のサイズに戻した女子生徒は、幽姫のことを思い出したらしく目を瞬いた。幽姫はそんな彼女に慌てて頭を下げる。

「あの、ご迷惑おかけして……」
「いーのいーの。そんなヤワなやつじゃないし!」
「拳藤は僕のことなんだと思ってんのさ……」

物間がボヤいた声で、聞き覚えのある名前だな、と思い出された。
体育祭二回戦の騎馬戦で、惜しくも本戦出場を逃したのが確か彼女達のチームだ。繰り上げ出場の権利を別のクラスメイトに譲ったスポーツマンシップも、今回物間の元に飛んできてくれたところも、いい人だなぁと勝手に幽姫の中で彼女の株が上がった。名前もまだちゃんとは聞いてないが。

とにかくゴローちゃんには勝手に人を浮かせて驚かせないよう言い付けておきます、と深く陳謝したところに、また別の不機嫌な声が飛んできた。

「おい幽霊女!なに油売ってんだこの鈍間!さっさと戻れや食堂行けねえだろ!!」
「うわ、爆豪だ」
「おお……」

幽姫より先に物間が嫌そうに呟く。拳藤は爆豪の剣幕に一瞬驚いたようだ。まあ腹を空かせた獣は危険というように、なんだか今の爆豪はいつもより輪をかけて不機嫌だ。幽姫はそんな拳藤に申し訳なく眉を下げる。

「ああー、ごめんね本当に……またどっかで埋め合わせします……」
「気にすんなー。な、物間」
「僕は気にしてるっての……」
「男らしくないなぁ」

拳藤の言葉にむすっと黙り込んだ物間には、本当に今回は悪いことをしてしまった。幽姫は思いながら、イライラした爆豪のオーラに負けて、じゃあ、と駆け足でA組の教室に戻った。

それを見送った拳藤は、しみじみと口を開いた。

「よかったぁ。騎馬戦で結構派手にやってたから、友情に亀裂でも入ってんじゃないかと思ってたけど」
「そんなの拳藤が気にすることじゃないでしょ」
「物間がフォローしてる雰囲気なかったからでしょうが!」
「いった!」

しれっと答えた物間に肘鉄を食らわせつつ、教室に消えた幽姫を待つ爆豪を観察してみる。
相変わらず不遜で恐ろしげな表情のままだが、さっきの台詞といい、大人しく幽姫が戻ってくるのを待っている様は普通の友達同士――というか、女の勘としては。

「あの二人、付き合ってんのかな」
「いやまだでしょ」
「まだってことは可能性あるってことかぁ」

青春だねえ、と頬を染める拳藤を、物間は呆れた目で見た。しょうもない。というか、あんな自分勝手な二人がリア充で、僕にその気配が何も無いのっておかしくない?といった感覚さえある。

「ふん、先は長いだろうけど!」
「そうかな。そうでもないんじゃない?」
「なんで」

拳藤の反論に首を傾げた物間に、だってさぁ、と続ける。

「爆豪、ずっとあの子のこと見てるじゃん?」

教室の前に立って、イライラした様子で教室の中を見ている。
別に幽姫を目で追っているなんて確証はないのに、拳藤がはっきり言うものだから、そうなのかなという気がしてくる。女子って生き物は、そのあたりやたらに鋭いのだから。

教室から慌てて出てきた幽姫に何か一言悪態づいて、爆豪はさっさと物間達とは反対に向かって歩き始めた。その後を追おうとした幽姫がちらりとこちらを振り返って、困ったような笑顔で二人に手を振った。拳藤が笑って返すと、少し安堵したように頬を緩め、ぱたぱたと爆豪を追って行ってしまった。

「いいなぁ、応援したくなるな!」
「別にどうでも……っていうか食堂!なんでアイツらが先に行ってんの、意味わかんない……!」

一方的に引き留めてきたのは幽姫だというのに、なんだかんだと見送ってしまった。
貴重な昼休み時間を。忌々しげに呟いた物間の声を聞いて、じゃあ一緒に行こうよ、と拳藤は身を翻して自分の財布を取りに戻った。

その後食堂で懲りずにA組に絡んだ物間は、拳藤のスポーツマンシップのおかげでB組の情報アドバンテージを失ったことで、さらにA組への対抗心を燃やす形になる。懲りない奴。



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