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ガイスト・ガール - 30



幽姫がサイドキックとのパトロール中、敵を捕まえたと報告が入った。
ベストジーニストは意外そうにしたがそれだけで、細々した処理はそのサイドキックに任せると指示を出した。一緒にいた爆豪にも詳細な話はせず、ただ『彼女はいい個性を持っているんだな』と一言言っただけだった。

部屋に戻ったらすぐ問いただしてやろうと思っていたのに、ゴローちゃん語りに入られて遅くなってしまった。


幽姫は簡単にあらましを話した。
偶然近くをすれ違った男に幽霊が憑いていたこと、その霊から漏れ出る記憶には、男に殺された情景が繰り返されていたこと。
同行していたサイドキックに報告して、男に声をかけるとその場から逃げ出そうとしたこと。不信が確信に変わって男を追ったこと、幽姫の個性で足止めして、その隙にサイドキックが取り押さえたこと。

鮮やかな拘束の流れに、周りにいた野次馬達は感心に湧いた。警察へ通報している間に、誰かが近くのマスメディアに情報を回したらしく、警察の到着とテレビカメラの到着はほとんど同時だったらしい。
サイドキックの青年は功績を幽姫の個性のおかげだとあっけらかんと言い、彼女が雄英から職業体験に来ていることと、その暫定的なヒーロー名を公表してしまった。

「まあ、善意だったのだろうけど」

そうだろうな、と爆豪もわかる。むしろ、それで幽姫が今喜んでいないことの方が不思議だ。

「何が気に入らねえんだ」

言っていたくせに、『いつかゴローちゃんって呼ばれるのが夢です』って。
幽姫は爆豪の問いかけにへらりと笑って、気に入らないってわけじゃないの、と答える。

「ちょっとびっくりしただけ」
「あ?」
「なんか、そんなに軽い名前じゃないんだけどなぁって」

――私の可愛いヒーローの名前です。

数週間前、はっきり言っていた言葉を思い出した。
自分で名乗っておいて、呼ばれたら嫌がるとは勝手なやつ。そもそも、自分は普段からゴローちゃんゴローちゃんとうるさいくせに。

「……なんで、ヒーローなんだ?」
「ん?」
「言ってただろ、ヒーローの名前だって」

ああ、と爆豪の問いかけを理解して、幽姫は頷いた。視線をすっと爆豪の膝の上に向ける、ゴローちゃんに。

「人間のお友達は、爆豪くんが初めてだけど――初めてのお友達は、ゴローちゃんなの」

それは黒猫のゴローちゃんなのか、白い靄のゴローちゃんなのかはわからないが。おそらく、その境界は彼女にとって取るに足りないことなのだろう。

「――ゴローちゃんは、私のためだけにここにいてくれる」

いつでもずっと、いつからかずっと一緒にいる一人と一匹。爆豪を間に置いて勝手なことばかり言い合う彼女らに、俺を巻き込むなといつも思う。勝手にやってろ、どうせ誰もそこには入れないんだろう。
爆豪が眉をひそめると、幽姫は顔を上げて補足するように言葉を続けた。

「幽霊って、未練があってこの世に残っている存在なの。ゴローちゃんの場合、それが私だってこと」
「それ、よくねえ話なんじゃねーの」
「不自然な話ではあるよ。だから、そうだね……本当ならゴローちゃんが心配しないように、私が頑張らなきゃいけないのだけど」

つい甘えちゃうんだよね、と苦笑。未練があって離れられない幽霊、なんて怪談に出てきそうな話だが、そういう類ばかりというわけでもないらしい。相変わらず、変なことばっか言う奴。

「……まあ、だから」

幽姫がふと声のトーンを落としたのに気づいて、爆豪は目を細めた。

「ゴローちゃんって名前にふさわしい、ヒーローになりたいの」

――相変わらず、全てがズレた女だ。
思考回路も、行動理由も、見える世界さえもズレている。今だって爆豪には見えない白い猫を目で追っている。正直理解できない、彼女が何を求めているのかわからない。

――そういうところが、ますます腹立たしい。

わからないから、腹立たしい。そんなのに振り回されていることも気に入らない。

「……ほんっと、テメエは何言ってんだかわかんねえな」
「そうかなあ」

呆れた声で言ってみせると、幽姫はへらへら笑って答える。のらりくらりと、自分の言葉をここまで受け流す人間も、爆豪にとっては初めてだ。
ふんと鼻を鳴らして、爆豪は言う。

「名前呼ばれて気に入らねえのは、テメエが全然ヒーローとしてなってないってだけだろーが……嫌だったら、もっと必死こいてヒーローやれや。そんだけの話だろ」

すると幽姫は意外そうに目をパチリと瞬かせた。なんだよ、と言い返せばにっこり笑う。

「爆豪くんのことだから、ヒーロー科やめろとか言うかと思った〜」
「あ?言わねえよ、ンなこと――」

――お前には。
そのまま出て行きそうになった言葉を抑えて、慌てて口を閉じる。それを見ていた幽姫は一瞬不思議そうにしたが、さほど気にしなかったようでありがと、と嬉しそうに笑うだけだった。

――どういう意味だ。今口に出そうとした、何か含みのある一言は。

「やっぱり良い人だね〜」

爆豪が心中で一人困惑していることも知らず、幽姫はにこにこ笑って両手を合わせる。

「爆豪くんに応援してもらえたら、頑張らなきゃって思えるよ」
「……は?応援?」

「これから頑張れってことでしょう。トレーニングにもついてけてないし、ヒーロー名も身に余るけど……うん!」

そんなこと一言も言ってねえだろうが――否定しようとした時、突然やる気を見せ始めた幽姫がパッと椅子から立ち上がった。つい口を閉じる。

「私、これからもっと頑張るね!」

気合を入れるように両手をグッと握り締め、爆豪に勝手な宣言をしてきた。

「そうと決まれば、明日に備えて早く寝なきゃ。もう十一時になっちゃうもの。ゴローちゃん、帰ろっ」
「おいこら、なに勘違いしたまま帰ろうと――」
「お邪魔しました〜!爆豪くんも、遅くまでトレーニングしてたのなら、早く寝て体力回復させてね」

一方的にそう言い切って、じゃあね、と足早に爆豪の部屋を出て行った。結局、爆豪が良い人だとかいう勘違いはそのままになってしまった。

――なんっつー勝手な奴だ!クソ電波女め、やっぱり部屋に入れるんじゃなかった!

最終的には無駄な心労のみが残り、爆豪は座っていたベッドに倒れこんで、うめき声とも怒鳴り声ともつかない音を枕に染み込ませるように顔を埋めた。



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