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ガイスト・ガール - 29



事務所の裏に、五つ程度の部屋を並べただけのこぢんまりした離れがある。何か大きな事件に関わった時にサイドキックが待機したり、そうでなくても日常的に仮眠室として利用しているらしい。
例年、職場体験にやってきた学生はその部屋で寝泊まりしており、この度の爆豪と幽姫も例に漏れず。

職場体験五日目の夜。やっとベストジーニストに解放された爆豪は部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。精神的な疲れだ。
職業体験期間の終了を間近にした、ベストジーニストの過干渉がいよいよ苛々させられる。それでも怒鳴り散らす類の反発を――あまり――していないだけでも褒めやがれってなものだ。

と、そんな爆豪の部屋の扉をとんとん、と叩く音がした。
こんな時間に、と時計を見れば夜の十時にさしかかっている。あのジーンズ野郎、こんな時間まで学生を拘束してやがったのかクソ――と、バレでもすれば締めあげられそうなことを考えながら、のろのろとベッドから下りて扉に歩み寄った。先ほど、二度目のノックが聞こえたところだ。

「お疲れ様、爆豪くん」

部屋の前に立っていたのは、ジャージ姿の幽姫だった。爆豪より先に、一つ空けた隣の部屋に戻っていたはずだが、爆豪が戻った気配に気づいて出てきたのだろう。

「こんな時間までトレーニングしてたの?」
「……テメエこそ、こんな時間に何の用だ」

正直に言えば、トレーニングではなく風呂上がりの爆豪をとっ捕まえたベストジーニストが懲りずに前髪を八対二に固めようと躍起になっていただけだった。
そんなことを言うのもプライドが許さないので、質問は無視して問い返す。幽姫はへらりと笑って、スマホを取り出した。

「この前から見せてあげようと思ってて、忘れてたの」

何の話だか爆豪にはわからなかったが、入っていい?と聞かれたのでどうも長い話にするつもりらしい。正直帰れと追い返したかったが、こちらも聞きたいことがあったので仕方がない。

そう、聞くべきことがあったのだ。

無言で扉を開けたまま部屋に戻ると、お邪魔しますと幽姫も続いた。爆豪がベッドに腰掛けたので、幽姫は備え付けの椅子を側までひっぱってきた。

「手短にしろよ」
「うーん、それはどうだろう」

釘を刺しても幽姫はへらへら笑って頷かなかった。
遅くに押しかけといて失礼な奴だと思ったが、ずいと眼前に差し出されたスマホの画面を見て、理解した。

「ほら、可愛いでしょう?」

普段血色の悪い頬をほんのり赤く染めて、自慢げに笑う。可愛い、というのはもちろんそんな彼女のことではなくて、画面の中で楽しげに笑う幼い少女――でもなく、その腕に抱かれる黒猫のことを指しているに違いない。

「ゴローちゃんの写真、これしか残ってないの。貴重だよ」

幽霊ではないゴローちゃんを抱いて笑っている、幼い少女は幽姫だ。まだ小学生にもなっていないように見える、四歳か五歳くらいだろう。
ゴローちゃんはなかなかのガタイを持つ――つまり太った黒猫だった。ふてぶてしい顔つきが体型とよくマッチしていて、正直どちらかと言うと『可愛くない』部類な気がする。

しかし改めて画面を見て幸せそうに笑う幽姫からすれば、何より可愛い愛猫なのだろう。この溺愛具合から言えば、もっと何枚も写真に残していておかしくないだろうに。

「ペットだったんじゃねえのかよ」
「ううん、ゴローちゃんは野良猫だよ」

まさかの事実。あれほど溺愛しているのだから、さぞ生前もペットとして撫でくりまわしていたのだろうと思っていた。

以前、体育祭の時。B組の男子生徒――爆豪は彼の名前を覚えていない――に力説していたのは、聞こえていた。
生前は黒猫だったんだよ、今は白く見えるけど、今度写真見せてあげる――なんて、親しげに話していたのを。

「なんで俺に見せてんだよ」
「物間くんに見せる約束してたんだけどね」

ああ、あの優男はそんな名前だっけか。やはり彼との約束の話だったのか、知るかそんなこと――爆豪はつい眉を寄せたが、幽姫はにっこり笑って続けた。

「やっぱり、一番に見せるのは爆豪くんだなぁと思ったから」
「……頼んでねえわ」

むすっとして言う爆豪だったが、幽姫はそれを見てクスクス笑うだけだった。
同時に、膝の上にじわりとのしかかった重みを感じた。何も見えないそこに写真の中の太った猫を思い描くと、なんとなくイメージ通りな気がして少し気分が良くなる。

「そんなだから、重いんだなテメエは」
「ん?」

小さく呟くと、幽姫が不思議そうな声で聞き返してきた。そこでやっと、自然にゴローちゃんに向けて声をかけてしまったのに気づいてハッとする。
何でもねえよ!と声を上げたが、膝の上でゴローちゃんがぴょんぴょん跳ねているのを感じて言い訳がきかないのが予想できた。案の定、幽姫は笑顔になって言う。

「ゴローちゃんが嬉しそうだよ」
「知らねえっつの」

爆豪はため息をつきたくなった。やはり、彼女と言葉を交わす度に調子が狂う。彼女と一匹、が正しいだろうか。

――ゴローちゃん、ね。

爆豪はそこでやっと、自分の要件を口にすることにした。
ゴローちゃんの生前の写真を見てにこにこしている幽姫は、普段通りに何も考えていないように見えるが、彼女にとって今日は少々忙しかったに違いない。

「……お前、今日、何があったんだ」

すると幽姫ははたと笑うのをやめて、爆豪の顔をちらりと見やった。

こんな、まるでいつでもできるような話より先に、言うべきことがあるだろうが。すると幽姫はまた笑う。今度は、眉を下げて困ったように。

「ゴローちゃんって、呼ばれてね」



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