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ガイスト・ガール - 24



二回戦一戦目、早々に緑谷対轟の試合が始まった。この体育祭で特に注目を集める一戦となる。

轟の安定した氷結攻撃に対して、緑谷がとったのは指一本を犠牲に氷を割り続ける打ち消し。右の人差し指から順に、五回の攻撃を受けて五本の指が赤黒く腫れ上がっていく。五度目の攻撃で距離を詰めた轟に、それを見た緑谷は左腕を振り切って再度距離を引き離した。
純粋な力だけならオールマイトにも匹敵する可能性を秘めた緑谷の個性、風圧が客席にまで勢いづいて届く。だが、これで緑谷は右手の指だけでなく、左腕の機能も壊れたようだった。

身体の一部が壊れるというデメリットは大きい。集中力も機動力も低下してしまうし、何より並みの人間であれば戦意が続かない。その点、緑谷の精神の強さは目を瞠るものがあると幽姫も常々感じていた。

それにしたって。

「皆、本気でやってる!勝って……目標に近づくために、一番になるために!」

壊れた右手の指からゴキリ、と不穏な音を立てさせ、無理やり関節を嵌めていく。

「半分の力で勝つ!?まだ僕は君に、傷一つつけられちゃいないぞ――全力で!かかって来い!!」

それにしたって、どうして彼はああまでして、轟に正面から対峙しようとするのだろう。



『緑谷くん……場外――轟くん、三回戦進出!!』

緑谷の言葉に乗せられたようにして、轟は今までほとんど見せてこなかった左の熱を発揮した。
氷結で冷却され続けた空気が彼のもう一つの個性を受けて膨張したのだと解説は聞いても、それだけであの爆風とは、さすがとしか言いようがない。小柄な峰田なんか飛ばされそうになっていた。幽姫も爆風には驚いてしまって、しばし蒸気のまとわりつくフィールドを呆然と眺めた。

大破したステージの修繕や、気絶しているらしい緑谷の回収、周りでは先ほどの試合について客席が話し始める。場が騒然とし始めて、幽姫はやっと隣の爆豪の体操着を掴んでいたことに気づいた。

「あっ、ごめん爆豪くん」

無意識に爆風で飛ばされるとでも思ったのだろうか。慌てて手を離したが、予想した文句の一つも飛んでこなかった。
不思議に感じて彼の表情を伺うと、爆豪は幽姫の声にも気づかなかったらしい。黙ってフィールドに残る氷や割れた地面を見つめ、何か深く考え込んでいた。

*  *

あっと思って立ち上がった時には、フィールドでこれまでで一番の爆発が起きていた。

爆煙がゆっくり晴れていき、場外に倒れた轟の姿。彼の負けだ。

「ふっ……ふざけんなよ!!こんなの――!!」

勝利したはずの爆豪が怒鳴り声をあげて、轟の胸ぐらを掴みあげた。爆豪の言いかけた言葉は、ミッドナイトの個性で眠らされたため聞けなかったが。

「霊現?どうした?」

空席を一つ置いた隣から、上鳴が不思議そうに首を傾げた。
その空席にはゴローちゃんがいて、ばしっばしっと尻尾を振っている。

『以上で全ての競技が終了!!今年度雄英体育祭一年、優勝は――A組、爆豪勝己!!!』

最終結果を叫ぶ実況の声も遠くに感じながら、幽姫は呆然と立ち尽くした。



出張保健室の扉を開けると、クラスメイトの霊現幽姫が壁に寄りかかって立っていた。出てきた彼に気づくとにこりと笑い、お疲れ様〜、と相変わらずのゆるい声で挨拶をしてきた。

「すごかったね、私ずっと驚きっぱなしだったよ」
「そう……爆豪を待ってるのか?」
「ううん。待ってたのは轟くんなの」

保健室の扉を閉めながら尋ねてみれば、幽姫があっさりそう返したので驚く。轟は首を傾げて幽姫に向き直った。

「……なにか用か?」
「まあ、大したことじゃないっていうか、私が口出しするのはお門違いだと思うのだけど」

幽姫はそう前置きして、視線を轟の後ろに向けた。保健室の中にはまだミッドナイトの個性を受けた爆豪が眠っている。すぐ回復するだろうと、リカバリーガールは言っていた。爆豪が回復次第、表彰式が始まるのだろう。

「私ちょっと、怒ってるの」
「は?」
「私、これでも爆豪くんのこと応援してたんだけど」

だろうな、と轟は思った。ずっと隣にいたのは見ていたし、むしろ他の人間を応援していたと言われた方が驚く。

「つーか、爆豪は優勝しただろ……俺に言わせんなよ」

先ほどまでそのせいでベッドの上にいたというのに。しかし轟の言葉を聞いて、幽姫は視線をもう一度轟に向けた。
その目は確かに、怒っているのかもしれないと轟にも思えた。笑顔も見せず、表情もない、ただ少し憮然とした風に目を細めている。

「轟くん、爆豪くんに炎使わなかったね」

そう言われて轟はピクリと眉を動かした。その物言いからして、轟が意図的に炎を使わなかったのだとわかっているのかもしれない。

「……ずるい、轟くん」
「ずるい?」

「だって、あれはひどいよ……爆豪くん、どうしようもないじゃない、あれじゃあ」

幽姫の言っている意味がなんとなくわかった。実際、轟も爆豪の目指すところをわかっていて、それでも炎を使うことができなかったのは確かだ。ずるい、ひどい、なるほど確かにそうかもしれない。

「なんで最後に炎を消したのか……轟くんのことだから、きっと理由があったんだよね。聞き出すつもりはないの」

ただね、と続けた時には、幽姫はへらりと笑っていた。いつものゆったりした笑顔だ。どこか困ったように、眉を下げてはいるけれど。

「爆豪くんの目標を、あなたが勝手に阻んでしまったって――正直腹が立ったから」
「……それは、悪かったな」

轟が呟くと、幽姫は意外そうに目を丸くし、それからぶんぶん首を振って見せた。

「ごめんね、違うの。言ったでしょう、私が口出すことじゃないもの……できれば、爆豪くんに謝ってほしいけど」
「それは無理だ」
「だよね〜」

さすがに、爆豪に面と向かって『全力出して戦ってやれなくてごめんなさい』なんて言いたくはない。こちらだって思うところがあってのことだし、男同士の意地、というやつもある。
幽姫が苦笑したその時、保健室に似つかわしくない元気な怒声が聞こえてきた。

「――どこ行きやがったぁぁ半分野郎ッ!!」

「……起きたらしいな」
「うわ〜……轟くん早く行った方がいいよ」

引き止めてごめんねと幽姫が言ったと同時に、轟の体がひょいと浮かされた。
おっと驚いたのも一瞬で、保健室から少し離れたところにすぐ下ろされる。へらりと笑って手を振った幽姫が、保健室の扉を開けて中に入っていった。扉が開いた分増大して聞こえた怒声に少し心配にはなったが、まあ彼女なら大丈夫かと思い直す。

轟は幽姫の気遣いを無駄にしないよう、足早に保健室から離れた。一応、爆豪を抑えられる個性を持つ先生にでも、保健室の様子を見に行ってもらった方がいいかもしれない。

それにしても――意外と、ちゃんと友達してんだな、あの二人。



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