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ガイスト・ガール - 13



爆発音は途切れない。幽姫は感心してはあ、と息をついた。さすがだなあ。

「ゴローちゃんも楽しそうだね……」

そして隣を見て、別の意味ではあ、と息をつく。寂しさだ。

体育祭まで二週間もなかった。皆早々に各自トレーニングを始めている。幽姫ももちろん体育祭に向けて、身体能力の向上を目指して自主トレは続けていた。

しかし個性の訓練についてはからきしだ。そもそも幽姫の本来の能力は幽霊という存在からの情報収集であり、今回の体育祭では活躍しそうにない。となれば念動力的ポルターガイスト現象を頼りにするしかないが、それを指示するのは幽姫でも、発動は基本的にゴローちゃんのさじ加減で決まる。

個性の訓練をするにはゴローちゃんの協力が不可欠だというのに――最近のゴローちゃんは、幽姫よりもお熱な相手が現れてしまった。

ドォンッと、一際大きな爆音がして、あたりは静まり返った。爆発音に慣れた耳に、シーンっという音さえ聞こえそうだ。幽姫は軽く首を振って、爆煙の中から出て来た爆豪を見遣った。

「お疲れさま〜、はい」
「ん」

幽姫が差し出したスポーツドリンクとタオルを受け取って、爆豪は呼吸を整える。

最近は温暖な気候になってきたとはいえ、雄英高校敷地内の森林地帯は影に覆われて風は涼しい。しっかりブレザーを着用している幽姫に対して、一時間以上トレーニングを続けている爆豪は黒のタンクトップ姿だ。
一息にボトルの半分もドリンクを飲み干して、白いタオルで首元を拭う。額にも鍛えられた筋肉のついた腕にも汗は吹き出していて、さすがのタフネス、と幽姫は膝で頬杖をついてぼんやり眺めていた。

その視線に気づいたらしい爆豪が、眉をひくりと動かして彼女を見た。

「んだよ」
「ううん、別に何もないよ……前から思ってたけど〜」

あるんじゃねえか、と爆豪は内心で悪態づいた。頬杖をついたままの幽姫はなんでもない風に続けた。

「爆豪くんって、よく鍛えてるね」
「当然だろ」
「ふふ、そうだね〜」

幽姫は頬杖をやめて、自分の腕をぐっと前に突き出す。
長袖の制服ではわからないが、コスチューム着用時の細身のシルエットからして、彼女の腕はひょろりと細い。それこそ鍛えられている爆豪の腕なら、小枝のように折ってしまえそうだ。

「筋肉すごいなぁ、私もそんな風になったら強くなれそう」
「やめとけ」

思わず即行で拒否してしまった。そんな彼女の腕が爆豪のと入れ替わってしまったらなんて、想像するだけでゾッとする。
幽姫はへらっと笑って冗談だよ〜と言った。

「でも、ヒーロー志望ならやっぱり憧れちゃう。かっこいいもの」

さらりと、恥ずかしげもなくそんなことを言ってのけるので、爆豪はついと視線を外した。その反応に幽姫が首を傾げたので、誤魔化すようにまたスポーツドリンクのボトルに口をつける。しかしタイミングの悪いことに、中身はほんの少ししか残っていなかった。
むっとした顔で傾けていたボトルの蓋を閉めた爆豪に、幽姫は中身が切れたのだと気づいた。

「爆豪くん、麦茶でいいならあるよ〜」
「……」

隣に置いていた鞄から自身の水筒を取り出して、はい、と差し出した。
爆豪はそれを受け取ろうとして、中途半端に手を伸ばしたところで動きを止めた。それからしばし考えて、ふんと鼻を鳴らして手を引っ込める。

「いらねえ。買ってくる」
「遠慮しなくていいのに」
「してねえよ」

低い声でやっぱり断るので、いらないのなら押し付けることもないと判断した。
幽姫はついでに自分で水筒の麦茶を一口飲んでから、大人しく水筒を鞄に戻した。爆豪はそれを横目に呆れ顔をしつつ、自分の鞄に手を突っ込んで財布を探す。

「つーか、お前もこんなとこにいる暇あんのかよ。自主練してろ」
「だってゴローちゃんが爆豪くんから離れないんだもの」

今だって、白い靄は幽姫の隣を離れて爆豪の周りをふわふわ漂っている。

幽姫が憂いていた『ゴローちゃんをお持ち帰りされちゃう』ということはなかった――駅で二人が別れる時は、ちゃんと幽姫について行く――が、それ以外の時間はやはり爆豪の隣や後ろ、膝の上を離れない。幽姫が個性の訓練に誘っても気乗りしない様子で顔を背けてしまう。
まるで恋する乙女だ、と幽姫は思う。ちなみにゴローちゃんは生前れっきとした雄猫だった。

財布を探し当て立ち上がった爆豪は、眉間にしわを寄せていた。幽姫はその表情を不思議に思ったが、おい、と声をかけられて応える。

「なあに?」
「……ゴロー、どこにいんだよ」

爆豪の台詞に、幽姫は目を丸く見開いて固まった。爆豪はさらに眉間のシワを深くして、早く答えろ!と声を荒げる。

「あ、うん、今は……爆豪くんの隣」

幽姫が人差し指を力なく向ける。爆豪の足元。スポーツドリンクを買いに行くと言った爆豪についていくつもりだったのだろう。
今は爆豪をじっと見上げ、今に彼が何と言葉を続けるのか待ちわびた様子。

「名前呼ばれて、嬉しいって」

そう言うと爆豪は小さく舌打ちした。見えない猫の名前を呼ぶのは、そもそもクラスメイトの名前すらまともに呼んだことのない爆豪にとっては屈辱ですらあった。そしてこれからしようとしていることも。
爆豪はくるりと、ゴローちゃんがいるらしい方へ身体を向けた。地面を睨みつけてみても、やはり猫の幽霊など見えやしない。

「――お前、こいつの自主練に付き合え」

その言葉に、さらに幽姫は目を見開いた。これ以上はもうないというくらい。
あの爆豪が、見えていないはずのゴローちゃんに、真剣な顔で、言葉をかけた。

「俺のこと気に入ってんなら、ちゃんと追ってこい。ちんたらしてる奴らに合わせねえぞ、俺は――って、言っとけ!幽霊女!さっさと帰れクソが!」

てっきりゴローちゃんに直接言っているつもりかと思っていたのに、結局は幽姫に向けて締めくくられた。
実際のところ、爆豪もそのつもりだったのだが、あまりに柄にもなさすぎてグッと顔をしかめてしまった。もともと動物に言葉をかけるなんて無意味だと信じている質だし、しかもそれが目に見えない幽霊など。

急激に機嫌が悪化した爆豪は、財布をジャージのポケットに乱暴に突っ込んで、どたどたと校舎の自販機に向けて歩き出した。もはや爆豪の方が逃げ出したようなものだ。
それを、彼の言った言葉通りに、ゴローちゃんは追いかけた。彼の真意の通りに。

「きゃあっ!ちょっとゴローちゃん!」

背を向けた方から悲鳴が上がったかと思えば、ビュンッと爆豪を飛び越えた幽姫が前に出た。
いつになく勢いの良すぎるそれに、バランスが取れなかった幽姫は数歩ふらついてから降り立った。その様子に驚いて足を止めた爆豪の頭の上に、慣れ始めた重さがのしかかった。

幽姫は振り返って、爆豪の頭の上に座るゴローちゃんを見た。白い靄に表情はないが、幽霊と感情をありのままに共有する幽姫には、きっとふてぶてしい顔をきりりと引き締めているに違いないと確信できた。

突然ポルターガイストを暴走させた点について文句でも言いたいところだったが、愛猫家の幽姫は結局苦笑するだけに留めた。そして、きちんと爆豪に向き直ると笑って言う。

「爆豪くん。ゴローちゃん、頑張るって!ありがとう」

すると爆豪はケッと吐き捨てて、どこか取り繕ったような返事をした。

「もしテメエが予選一回戦で落ちるなんてことがあったら、ヒーロー科の、ひいては俺の評価に響くと思っただけだ」



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