爆豪はまた歩き出した。今度はさっきより多少速度が落ちているあたり、幽姫を振り切るのはやめたらしい。
「ねえ、ゴローちゃん爆豪くんのところに一緒にいたの。気づいてた?」
「……知るかよ」
「爆豪くんすごかったんだってね〜。たくさん敵をやっつけたって」
「うっせえ」
「ゴローちゃんがすごく楽しそうに話してくれたの。ほら、ゴローちゃんって」
「――黙れつってんだよクソ幽霊女が!」
突然大きな怒鳴り声をあげた爆豪に、さすがの幽姫も目を丸くした。
彼女にしてみればいつも通り、幽姫がゴローちゃんの話をして、それを呆れた様子で爆豪が聞き流している、そんな会話のつもりだったのに。
聞き流せていなかったらしい爆豪は、忌々しげに幽姫を睨みつけて続ける。
「さっきから聞いてりゃそればっか、テメエの頭には猫のことしかねえのかよ!粗末な脳してんな、ああ!?」
「急になに怒ってるの?」
「怒ってねえよ!テキトーなことぬかしてんじゃねえ殺すぞ!」
明らかに激怒である。しかし殺すぞまで言われては口をつぐむ他ない。
理由を聞き出すには、どのように尋ねれば逆鱗に触れないだろうか――幽姫は慌てて思考を始めた。やっと黙った幽姫を見て、爆豪は苛立ちの止まない長いため息を吐いてから、呟いた。
「……それのこと信じりゃ、誰にでも懐くのかテメエは」
台詞の意味はすぐにはわからなかったが、少し考えて幽姫は轟のことを思い出した。
行きのバス内では切島曰く険悪な雰囲気に見えていたらしい。そんな二人が、土砂ゾーンでの共闘――とはいえ轟の独壇場だったが――を経て仲良くなったこと。しかも轟が信じないと豪語していた幽霊の存在を受け入れたことを言っているのかもしれないと気づいた。
その真意はよくわからないが、どうやら爆豪はそんな二人が気に入らなかったらしい。幽姫は少し考えてから口を開いた。
「……小学校の頃からね、私の言うこと信じてくれるような子はいなかったの」
唐突にも思える言葉だった。爆豪はちらりと視線を幽姫に向ける。彼女は平然とした様子で続けた。
「だってみんなには見えないし、信じられないのも当然だよ。あの子変なことばっかり言う、ってよく気味悪がられてたの。中学の時も一緒だった。そんなだから、今までちゃんとした友達っていなかったんだぁ」
それを聞いて、爆豪は彼女の行動を振り返った。
へらへらと気の抜けた笑顔。初対面の時、最高に苛立っていた爆豪にさえそうして見せた。明らかに邪険に扱う爆豪に気分を害した様子もなく、ひたすら愛猫の幽霊を愛おしむ視線。
ただ爆豪に一切の関心が無いためだと思っていたが。
その背景は、これまで友人関係を築き維持するという経験を持っていなかった故の不自然さだったのだろうか。
「だから私、今の生活ってとっても恵まれてるなって思うよ。私のこと、変なものを見る目で見てくる子、クラスに一人もいないもの」
実はちょっとだけ、気にしてたんだ〜。気楽な声色でそう言った幽姫だったが、爆豪はそれを笑う気にもなれなかった。
むすっとした表情のまま、語りの続きを待つだけだ。そんな爆豪を見て、幽姫はふふっと声を立てて笑った。
「爆豪くんの、おかげだね」
「はぁ?」
爆豪は本心から意味がわからないと眉を寄せた。幽姫は依然嬉しそうに笑顔だ。
「だって爆豪くんって、ゴローちゃんのこと嘘だって言ったことないよ。初めからそうだった」
「……覚えてねえよ、んなこと」
しかし、初めて彼女がゴローちゃんの名を呼んだ時、既に爆豪はゴローちゃんの重みを感じていたから――確かに、存在自体を頭から否定したことは、なかったかもしれない。
「爆豪くんがゴローちゃんを信じてくれたから、みんなも自然に受け入れてくれたんだと思う」
幽姫はそう言ってから、うんと再確認したように一つ頷いた。
そしてもう一度しっかり爆豪の顔を見て、目を細めた。
「ありがとう、爆豪くん。私の、初めての、人間のお友達」
――何がありがとうだ。人間の友達ってなんだ。意味わかんねえことばっか言いやがって、この幽霊女。俺が何を信じて何を拒否しようが俺の勝手だ。別にお前のためなどクソ程も考えたことねえ。こちとら、お前のことなんか……。
頭の中ではぐるぐると口の悪い台詞が飛び交っていた。しかし爆豪がやっと呟いた答えは、その中のどれでもなく。
「……勝手に言ってろ、アホ」
「ふふっ、うん」
友人の覇気のない悪口ほど、可愛らしく見えるものもそうない。
幽姫はそんなことを思いながら、ほんのり頬を染めて笑った。
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