「オールマイトが来たみたい」
幽姫が呟いたので、轟は一瞬そちらに目をやり、もう一度進行方向――広場に向けて加速した。土砂ゾーンから離脱した轟と幽姫は広大なUSJ内を駆け抜ける。
幽姫が見たという幽霊の記憶をつなぎ合わせた結論は、『確かにオールマイトを殺せる可能性は低くない』ということだった。平和の象徴、圧倒的な力の持ち主。彼が現れたと言っても、完全に安心できる訳ではないとわかっている二人の表情は晴れない。
急がなければ、と思いながら、幽姫の方は明らかに体力が削られている。
長時間の頭痛や、先ほどの轟の個性で一時的に体温を下げたこともあるだろう。多くの敵に襲撃されたこの状況で、放って行ってもいいものかどうか。轟が迷っていることには幽姫も気づき、ぐっと眉をひそめて呟いた。
「……誰か手伝って、あなた達の敵、一緒に倒そ」
轟は目を瞬いて、その次の瞬間には幽姫は地から足を離していた。
「轟くん、大丈夫だよ急ご」
「ああ……」
念動力だと思っていた、ポルターガイストによる物や自身の浮遊。直前の台詞を聞く限り、先ほど話していた、敵連合が連れ込んだという幽霊に力を借りたのか。
「……お前、猫は?」
「え?あ……ゴローちゃんは、多分、爆豪くんのとこ」
頭痛に魘されていた時、黒い霧に向かって行った彼を追いかけたゴローちゃんの姿は見た。ワープで飛ばされた時に隣にいないことから、おそらくそのまま爆豪と共にいるのだと判断している。
つまり今、幽姫の隣にゴローちゃんはいない。
「っていうか、轟くん、ゴローちゃん信じてないんじゃ?」
「もう信じた。つーか、幽霊の記憶見たとか、そこまで言われて否定するほどのことでもねえよ」
実際に彼女が知り得ない情報を手に入れていた。それが霊の存在で説明がつくというなら、個性としてそんな超常的なことでも信じてやろう。別に躍起になって否定したいというようなものでもなかったのだから。
幽姫は轟の言葉を聞いて、へらりと笑って返した。
「そっか、嬉しい」
「いいから。速度上げるぞ」
「うん」
* *
そして広場に辿り着き、やっと見つけた三人の主犯とオールマイトの戦闘は、二人が危惧したようにオールマイトの不利だった。
幽姫が“怪物”と忌々しげに称した存在がオールマイトを拘束していた。
轟の左足から伸びた冷気がその半身を凍らせたことで、オールマイトはその拘束を振りほどいて轟の隣に降り立った。左の脇腹に血が滲んでいるのを認めて、幽姫は目を瞠った。
「オールマイト、大丈夫ですか……!」
「あ、ああ、この程度……かすり傷さ」
敵の動向から目を離さないまま、しかし安心させようというような笑みを口元に浮かべてオールマイトは答えてみせた。
幽姫はそれに眉を寄せながら、あの、と手短に伝えようと口を開いた。
「あいつ、脳無という怪物は、あなたを倒すための個体です!パワーも速さも、個性もあなた向けに作られた。どれだけの力があるのか未知数です。おそらく個性も複数持っています、あの、油断はしないで!」
そこまで言って、ああなんてこと、と幽姫は俯いた。
手に入れた情報をとにかくオールマイトに伝えなければと、ここまで走ってきたはいいものの。すでに手を合わせた相手に、この程度のことはよくわかっているはずだ。何を今更。
「へえ、なんだ……情報収集系の個性か?でもそのくらい、知られてもどうってことないなぁ」
脳無の後ろに立ち、距離をとって様子を伺っていた男――敵連合のリーダーである死柄木弔が嘲るように呟く。それにさらに俯いた幽姫だったが、その肩に大きな掌が載ったのに気づいて、パッと顔を上げれば。
「ありがとう、霊現少女!情報は受け取った……安心して、下がっていなさい」
テレビ越しに見ていたあの気丈な笑顔で、オールマイトはきっぱり答えた。ああこれがトップヒーローか。平和の象徴、そこにいるだけで皆を安心させる存在。
オールマイトの手が退かされて、幽姫は言われた通りに一歩下がった。その足元にぴょんと飛び込んできた白い靄を見て、幽姫はあっと声を漏らした。
「ゴローちゃん、よかった……」
じっと幽姫を見上げるゴローちゃんは、いつも通りに見えた。しばらく別行動だったため気が気でなかったが、幽霊には物理攻撃も効かなければ二度死ぬという概念もないので、無事なのは当然の話である。
ここにゴローちゃんがいるということは、と慌てて周囲の状況を確認した。
オールマイトのことばかり見ていて気づかなかったが、その場には切島と爆豪の姿もあった。
――よかった、彼も無事だった。
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