▼ 私のものになって
ぽかぽかと暖かい昼下がり。
春の爽やかな風が頬を優しく撫で、少しくすぐったい気分になった。
今日はエイトと二人でのんびりピクニック。
自然と心が踊ってしまう。
『今日、晴れてよかったね!』
「そうだね。気温も丁度いいし暖かくて気持ちいいや。」
『でもエイト、よくこんな素敵なお花畑知ってたね。』
そう、今私達が座っているのは一面に広がるお花畑のど真ん中。
色とりどりの花が風に揺られていて気持ち良さそうだ。
「うん、ここ結構穴場なんだ。見つけた時から玲香と来たいなって思っててさ。」
『そうだったの。なんか嬉しいな…ありがとうエイト。』
私がお礼を言うと、エイトも笑みを返してくれた。
『それにしてもほんと色んな種類のお花があるね。……あっシロツメクサだ!』
座っていたすぐ手前にシロツメクサがたくさん花を咲かせていた。
「本当だ。懐かしいなぁ…昔よく花冠とか作ってたっけ。」
『えっ?!エイト、男の子なのに花冠なんて作ってたの?!女々しいね。』
懐かしむような表情でシロツメクサを見つめて呟いたエイトに驚いた。
「失礼な。違うよ、小さい頃よく姫に作ってたんだ。んーどうだったかな…こうして…」
あぁそういうことか。びっくりした。
姫というのはおそらくミーティア姫のことだろう。
私の知らないエイトの小さい頃と過ごしていた彼の幼馴染みであるミーティア姫の名前が出て、不覚にもモヤッとしてしまう自分がいた。
そんな考えを振り払うようにして作業をしているエイトの手元を見つめた。
『す、すごい…エイトってほんと器用だよね。』
シロツメクサの細い茎を上手に絡めていくその手際の良さに思わず目を奪われる。
「あはは、そんなことないよ。……っよし、完成!はいじゃあ玲香、目をつぶって下さい。」
『えっ?…こう?』
「うん、そうそう。…僕がいいって言うまで開けちゃダメだよ?」
『う、うん…分かった。』
そう私が目をつぶったまま返事をすると、そのすぐ後に頭の上に何かを置く感じがした。
そして、その後にもう一つおでこにさっきとは違う柔らかいものが静かに触れた。
…?何だろう…。
「…はい、もう目を開けていいよ。」
ゆっくりと目を開けると、そこには優しく微笑むエイトがいた。
その手にはさっき作っていたシロツメクサの花冠がなかった。
「ふふ、やっぱりよく似合ってる。玲香、まるで花の国のお姫様みたいだよ。」
『あ…花冠…。お姫様だなんてそんな…。』
さらりと照れるようなことを言ってくるエイトに赤い顔を見られないように少し俯く。
あれ?じゃあさっきのおでこのは…
『ねぇエイト?さっき私のおでこに何したの?』
「…さぁ、何でしょう?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、はぐらかすエイト。
も、もしかして…。
一つの答えが湧き上がると、また顔が熱くなるのを感じた。
でも…
『ミーティア姫にも同じことしてたのかな…』
「え?」
『あっ!い、いや何でもない!き、気にしないで!』
思わず心の言葉が口から出ていたようで、怪訝そうな顔をするエイトに慌てて答えた。
その時、シロツメクサの群れの中に小さな四つ葉を見つけた。
『わぁっ、見て見てエイト!四つ葉のクローバーがある!』
「えっどこどこ?…あっ本当だ。玲香、四つ葉のクローバーを見つけるなんて凄くラッキーだね。」
一緒になって喜んでくれるエイトを見るともっと嬉しくなった。
…あ、そうだ!
『エイトエイト、ちょっと屈んで?』
「…?これでいい?」
『うん。ちょっと待ってね…』
そう言って、さっき見つけたばかりのクローバーとシロツメクサの花を一つ添えてエイトのバンダナと髪の間に付ける。
『……はい、いいよ!』
「?何したの?」
『さっきのクローバーとシロツメクサの花をエイトの頭に付けたんだ。…あははっエイト可愛い!』
予想以上に似合っていたので思わず感想を言うとエイトは少し複雑そうな表情をした。
「可愛いって…僕は男だよ」
『ふふ、ごめんごめん。もし私が花の国のお姫様になれたならエイトは花の国の王子様だね。』
笑ってそう言うとエイトは少し驚いた表情をしたものの、すぐに嬉しそうな笑顔になった。
「ねぇ玲香。四つ葉のクローバーの花言葉って知ってる?」
『花言葉?うーん…知らないなぁ』
「“私のものになって”」
『えっ?』
「さっきのヤキモチといい、今日の玲香は大胆だね。」
エイトは楽しそうにクスクス笑った。
『えっ?ち、ちがっ、そういう意味じゃなくって!えっと、ミーティア姫のこともその、』
「ふふ、妬いてくれたんでしょ?嬉しかったよ。だけどね…」
慌てる私をよそに、笑顔のエイトはそこまで言うと私をいきなり抱きしめた。
突然のぬくもりにますますパニックになる。
さらにその状況のままエイトは
そっと、私のおでこに唇を寄せた──。
さっき目を閉じていた時と同じ柔らかい感触だった。
『え、エイ、ト…』
「こんなことをしたいと思うのは、玲香だけだってこと…知っておいてね。」
そう耳元で囁いてまた抱きしめる腕に力を込めたエイトに身を委ねるのだった。
END
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