novel


▼ エイトママ?



「玲香、髪の毛はねてるよ。」

『えっ?どこ?』

「ここ。ちょっとジッとしててね……はい、OK。」

『ありがとう、エイト。』


どういたしまして、と笑顔で返してくれるエイトはいつもこういう細かいことにすぐ気が付く。


「それより玲香、もう昼食は済ませたの?」

『ううん。今行くとこ。』

「そっか。じゃあ一緒にいいかな?実はまだ僕も食べてないんだ。」

『もちろん!一緒に食べよ!』



そういって宿屋のロビーに向かう。
ここはリッカちゃんの宿屋であり、今は特別に私達の貸し切りとなっている。
そのためいつもはワイワイと賑やかな一階も静かだ。



『あれ、リッカちゃんいないのかな?』


いつもはカウンターの所で何かしら仕事をしているリッカちゃんの姿が見当たらない。


「そういえばさっき買い物に行ってくるって言ってたよ。」

『困ったなぁ…お昼ご飯どうしよう?』

「あ、なら僕が作るよ。玲香はそこで待ってて。」

『えっ?!いやいつも旅してる時はエイトに作ってもらってばっかだし悪いよ!』

「でも今誰も作る人いないでしょ?」

『だ、だったらせめて私に手伝わせて!』

「そう?じゃあ一緒に作ろっか。」


正直私は料理は得意な方ではないため少し不安だったのだが、エイトに任せっきりじゃ悪い気がして一緒に厨房へと向かった。



きゅっとエプロンの紐を結ぶエイトは凄く様になっていた。
主夫だなー…なんて思いながら私もエプロンをつけようと手を後ろに持っていく。
…が、なかなか紐が上手く絡まない。



「あ、僕が結ぼうか?」

『え、いやいいよ…ってありがとう。』


それくらい自分で、と言い終わる前に紐は既に結ばれていた。


「さてと…じゃあまずは野菜でも切ろうかな。これはもう洗ってあるから切るのは玲香にお願いしていい?」

『了解です。』

「でも玲香が指を切っちゃわないか心配だなぁ…やっぱり僕が」

『大丈夫だって!エイトは他のことしてて!』

「…分かったよ。じゃあ僕はお肉焼いてるね。」



エイトはしぶしぶ、という感じではあったもののそれぞれの配置につき、準備を整える。
私の敵はお前だ!キュウリ!!

まな板の上にキュウリをセットし、包丁を握る。
ぎゅっと力を込め、目の前の緑色の物体に向かって降ろす。


ストンッ

気持ち良い音が厨房に響く。
おおっこれ私料理できるんじゃない?とただ切っただけではあるが妙な自信が掻き立てられる。


ストンッストンッストンッ



『……何をするのエイト』

「いや、うん。それ僕のセリフね?何でそんな大きい音出てるの?」


エイトが私の腕を掴んで切るのを阻止しながら問いかける。


『え…いやただ切ってただけだけど。』

「キュウリ切ってるだけなのにそんな狂気じみた音出ないでしょ。」

『狂気じみたって失礼な!私はこう…やって…!』

「ま、待って待って!何で輪切りするのにそんな力んでるの?!


またもやキュウリを切るのを阻止される。今度はどこか慌てた様子。
一体なんだというのだ。


「うーん…ちょっと後ろごめんね。」

『へっ…』


そういうと何をするのかと思えばエイトが私の背後に回り、両手を掴んだ。
ふわりとエイトの香りに包み込まれ、突然のことながら軽くパニックになる。

ちかっ…近い!!


「こう…切る時の手はこう丸めて…。うんそうそう。それでこれじゃ不安定だから置く角度を変えて…」

『……っ』


耳元で話され、吐息がかかる。
そんな体勢のまま説明されても、正直これっぽっちも頭に入ってこない。
それどころか体温がぐんぐん急上昇中だ。


「…で、後はこのまま同じように切っていけばいいから。」


そしてやっと体を離してくれたエイト。心臓がバックバクしてる。
もう少しあのままでもよかったかな…なんて自分でもびっくりな考えが頭をよぎった。
そんな気持ちを振り払うように私は包丁を握り直しバッとキュウリに突き付ける。


『ほ、ほら見てエイト!!串刺しツインズならず包丁ぶっ刺しズッキーニャ!!』

僕の話聞いてた?



その時、ロビーの方からすみませーん!という誰かの声がした。


『だっ誰か来たみたいだね?!貸し切りっての知らないっぽいから私見てくる!!!』

「えっ?あっ玲香…!」


私は何だかその場に居ずらくて、駆け足で厨房を飛び出した。




「すいませーん!」

『あっ、はーい!』

「おっ、あんた宿屋の人かい?今日泊まりたいんだがね」

『あー…申し訳ありません。今日は貸し切りとなっててですね…』


ここの従業員ではないがリッカちゃん達は今いないし、いつも従業員価格で泊まらせてもらってる以上、私も精一杯丁重に対応する。


「ええ〜困るよ〜。そこを何とかさぁ〜?一部屋だけでも空いてねぇのか?」

『も、申し訳ありません…それはちょっとできないかと…』

「なんだったらあんたの部屋でもいいんだぜ?姉ちゃんの部屋ならもっと金だって払うしよぉ」

『い、いやあの…』


なんかこのおっさん話の方向変わってきてるし何か近いぞ!貸し切りって言ってるんだから諦めてよ…!




「申し訳ありませんが本日は貸し切りとなっておりますのでお引き取り願いますでしょうか?」


くるりと後ろを向くと、さっきまで厨房にいたはずのエイトがいた。
有無を言わさぬその雰囲気を漂わせながらも顔はあくまで笑顔だ。
目は笑ってはいない。


「はぁ〜?なんだ兄ちゃん邪魔すんじゃねぇよ。俺は客だぞ?」

「先程から申し上げてはいますが本日は貸し切りです。既にご予約いただいたお客様で手が一杯ですのでお客様のおもてなしは十分にできないかと。お引き取り下さい。」

「ふざけんじゃねぇよ!野宿させる気か!!俺はそっちの姉ちゃんに聞お引き取り下さい」


男の人はその圧力に恐れをなしたのか、ひっ…と声を小さくあげて急いで外へと逃げて行った。





『……あ、あの…』

「はぁ…」



一気に静けさが戻ったロビーで話しかけようとすると、エイトがため息をついた。

あ、呆れちゃったかな…。料理も途中でさらに接客まで手こずっちゃって…。



一人でもんもんとしていると、



ふわりと覚えのある香りに包まれた。




『……?!エイトっ?!なっ、にして…』

「何て顔してるんだよ…。今の僕のため息は君のせいで出たわけじゃないよ。」


エイトは私を抱きしめながら呟く。
えっと…何でこんなことに…。




「あー…いや、やっぱ玲香のせいかも。」

『えっ…ご、ごめん?』

「すぐあんな変な奴に絡まれちゃうし」

『絡まれた、というか…でも助けてくれてありがとう…』

「野菜の切り方だって変だし」

『あ、あれは…!』

「エプロンの紐でさえもたもたしてサッと結べないし」

『そ、そこまでもたもたしてないよ…!その前にエイトが結んだし…』

「寝癖までそのままつけて平然としてるし」

『う…も、もう!何が言いたいの!そんなこと言ったらエイトだって過保護過ぎるよ!全部真っ先に気付いて対処しちゃうんだもん…』


意地悪なのか、私の今日の抜けてた所を箇条書きのように全て言ってくるエイトにムキになって腕の中でぱたぱたと暴れる。


『さ、さすがエイトだよね!まるでお母さん!エイトママだよ!!』


自分でも何言ってるのかよく分からないが取り敢えず反論しなきゃ気がすまなかったのだ。





「……君だから…玲香だから、ついつい過保護になっちゃうんだ。」


ぎゅっ…と背中に回る腕に力がこもる。

ドキドキと高鳴る鼓動は、私のなのかあるいはエイトのなのかよく分からなかった。


「僕だって、皆に過保護なわけじゃないよ。玲香……君だけだ。」


繰り返し呼ばれた私の名前にまた胸が跳ね上がるのを感じた。

どっどどどうしちゃったんだよエエエイトさん。


『……じっじゃあエイトはわたっ私だけのお母さんだね!?う、うわぁーいエイトママ独占だぁー!はっはは…ほ、ほらお昼ご飯作るの再開しよっ!!私先に行ってるね!!…
……へぶっ!!



あまりの恥ずかしさに耐えきれず、私は無理矢理エイトの腕から抜け出し、ドキドキする胸を抑えて走り出した。
……がしかし転んでしまった。
なんにもない平坦なロビーで。






すると、ふふっという柔らかい笑い声が聞こえた。








「まったく、危なっかしいんだから…。」



これだから、目が離せない──。






END






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