▼ この世界の勇者たち
『えーっとー…ここにyを代入したとして…』
アレフ「…。」
レント「…。」
ローレ「…。」
『あれっ?因数分解ができない…。おかしいな…ちゃんとできるような問題形式にしたんだけど…』
ソロ「…。」
リュカ「…。」
レック「…。」
『仕方ない、解の公式を使って…。私これ嫌いなんだけどなぁ。えーっと2aと…』
アルス「…。」
エイト「…。」
ナイン「…。」
『あぁーーっもう!頭きた!やっぱ自分で問題作るのは無理あるなぁ…かといってこの世界に問題集なんてないし…』
レント「なぁ…あいつ何やってんの?」
アルス「さぁ…?」
頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、持っていたペンを放り投げる玲香を見て呆然とする勇者一同。
さっきからブツブツと何か呟いては考え込むその動作の繰り返しに、皆して頭にハテナを浮かべる。
レック「何か分からんがあいつ相当困ってるみたいだな。」
リュカ「僕たちで何かできるといいんだけど…」
ナイン「ここはやはり本人に聞くのが一番でしょう。」
アレフ「そうだね。おーい玲香ー。」
『やっぱりまずは頂点の座標から求めてそれから…』
ローレ「お前、何やってるんだ?」
『え?うわぁっ?!び、びっくりした…。どうしたの皆揃って。』
突然声をかけられた上に、顔を上げると皆が揃っていたものだから驚きは倍増だ。
いつから集まってたんだろう。全然気づかなかった…。
エイト「僕達はさっきからそこにいたよ。随分集中してるみたいだったけど何してるの?」
エイトが机に広げてある紙やノートを覗き込むようにして見る。
他の皆も物珍しそうだ。
『あぁ、これ?んー…何て言うんだろ。まぁ一言で言うと勉強かな。』
ソロ「本当だ。計算式が沢山書かれてる。」
アルス「数字がいっぱいあるからー…算数?」
『あれっ、この世界に算数ってあるの?』
アルスの想像していなかった言葉に、少し驚く。
この世界観からそんな科目の名前が出るなんて。
ローレ「当たり前。ちょっとした計算ができないと困るだろ。」
どうやらそれは皆も同じらしく、学校とかは村や地域によってあるなしに差があるみたいだけど手段は違ってもそれぞれ基本的なことは学んできたようだ。
『でも惜しいけどこれは算数じゃなくて数学なんだ。算数がレベルアップした感じ。知ってる?』
エイト「一応数学も存在してるけど、それは学者の人とかそういうのを専門としてる人しか極めないんだ。」
ナイン「基本的な学力は大体の人が身につけますが、僕達のように本来のすべきことが勉強ではなく別にある場合が多いので知ってる人は限られてくるんです。」
『へぇ〜…。』
二人の丁寧な説明により、なんとなく納得がいく。
そうだよね…この人達の住む世界は剣と魔法の存在する、私から言わせればもはやファンタジーな世界。
勉強なんかしてる暇なさそうかも。
レック「えっ、てことは玲香は将来学者を目指してるのか!?」
『はっ?ち、違うよ!私の住んでる世界はここと違って義務教育ってのがあるの。まぁ私はもう終わってるけど、まだ学生の身だからね。』
リュカ「そっか。玲香ちゃん、学校に通っていたんだね。もしかしてそのためのお勉強かな。」
『うん、まぁそんなとこ。こっちの世界にきて結構時間経ってるからね。あっちも同じように時間が進んでるとしたらかなりの遅れをとってるってことになっちゃう…。』
うぅ…そうなると小テスト、定期試験、赤点、追試、単位……
様々な分厚い壁が頭の中で建築されて行く。
ソロ「自分が別世界に飛ばされたってのに勉強の心配をできるってのもある意味凄いと思うけどな…」
レント「うっわー何だコレ。訳分かんねぇ!何で数字の中に文字入ってんだよ。混合すんな。」
アレフ「ホントだ。文字は読むためのものだぞ。何勝手に入ってきてんだ!」
二人が文字式の書いた紙に向かってそれぞれ述べる。
この世界の人ってこんなもんなんだろうか…。
『まぁ、皆には世界平和っていう重大な役目があるもんね。勉強なんてやってられないか…』
アルス「玲香の世界は皆がお勉強に専念できるくらい平和なの?」
エイト「そういえば初めてあった時、玲香言ってたよね。“ある意味危険な世界”って。」
レック「何だそりゃ?」
『そういえばそんな事話したね。そうだなぁ…。確かにここと違って私の世界には魔法もモンスターも存在しない。』
ローレ「平和じゃん」
リュカ「でも魔法がないと不便じゃない?」
『ううん、その分文明が発達してるから。モンスターがいないっていう面では確かに安全かもしれない。だけど、私達の世界では人間がモンスターになりかねない所なの。』
ナイン「人間が、モンスター…」
一つ一つ考えながらゆっくり話す私に、皆が驚きの表情をする。
『それはこの世界も一緒かもしれないけど、皆が皆いい人だとは限らない。人が人を殺す事件なんてもうあちこちで起こってる。それにさっきも言ったけど、文明がとっても発達してるの。だから身の回りは電気とか機械ばかり。それによる環境破壊もあるし、事故もあるんだ…』
元の世界で見てきた、様々なニュースなどを思い出しながら話す。
この世界に比べ、魔法はないにしろ何不自由なく暮らせていた私達の生活は、本当に安全で平和と言えるのだろうか。
今までそんなことをこれ程深く考えたことはなかったが、もしかすると、どんなモンスターよりも怖いのが“人間”かもしれない。
そう思うと、少し怖くなった。
アレフ「玲香…。」
リュカ「だけど、それを改善させるのが勇者ってものでしょ?」
『え…』
ソロ「そういう状況に陥ってることの肯定派は否定派よりもあきらかに少ないってことだ。」
ローレ「それを改善しようとする勇者は必ずお前の世界にもいるよ。」
『私の世界にも、勇者が…』
モンスターがいない私の世界にとって、人々を脅かす存在がないとはいえない。
むしろ、モンスターと同じくらい怖いものは存在してるんだ。
そして、同じように様々な問題に立ち向かっていく勇者だって存在する…。
『…ふふっ、そうだね。きっと私の世界にも勇者はいるよね!』
私がそう言うと皆から心配そうな表情が消え、笑顔を返してくれた。
レント「でもなーなんかムカつくよな。俺らの知らない玲香の世界に俺らの知らない別の勇者がいるなんてさ。」
アルス「も、もしかして玲香はもうその勇者と出会っちゃってたり…?!」
『え"っ?!い、いやそんなことは…っていうか出会ってたとしても全く支障は…』
アレフ「ちょっ…ど、どうするんだよ!もしそいつが超イケメンでキラッキラしてたら!」
エイト「玲香と同じ学校に通ってたりして」
ナイン「もしその勇者が玲香に好意を寄せていたらどうするんです?」
『こっ…ちょっと待ってどこからそんな話題になったの?!さっきのシリアスは何だったの!』
あらぬ方向へ脱線し始めている皆を見てあたふたとする。
皆は皆で焦っていたり同じようにあたふたとしてるけど。
レック「まさかとは思うけど玲香って、元の世界に好きな奴とかいた?」
『ゲェッホゴッホ!!』
リュカ「だ、大丈夫?」
レックがいきなり変なことを聞くから何も飲んだりしてないのにむせてしまった。
なっ…何だって?好きな奴?
ぼんやりと今までの過去を振り返ってみる。
今現在の状態では別にそんな人いないけど…
『今は別にいないよ』
「「「「“今”は?」」」」
皆が“今”というところに食らいつく。
いや別に深い意味で言ったわけじゃないんだけど…。
あまりの食いつきっぷりに少し押される。
『そ、そりゃあ小さい頃いちご組のけんちゃんあたりを好きになったりした覚えもあるけどさ…』
ナイン「サンディ、リッカの宿屋に行ってラヴィエルさんに外の世界に行けるよう扉を開けてもらって下さい。今すぐに。」
『待ってナイン。あなた“いちご組のけんちゃん”に何するつもりだ。というかそれで私の世界に行けるなら帰らせてくれ。』
エイト「じゃあ僕は玲香の記憶を辿ってその“いちご組のけんちゃん”の所までルーラして行くよ。」
『待ってエイト。私段々ルーラの使い方分からなくなってきたよ?そして同じくルーラで帰れるなら連れてけ。』
こんな風にたまに暴走してしまう勇者達だけど、やっぱり皆大切な仲間だ。
皆と元の世界で出会ってみても、楽しいかもしれない。
だけどこれからも世界の平和を守るため、しっかり頑張って下さいよ、
この世界の勇者さん!
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