▼ こわくなんかなーいさ。
コンコンッ
「はい」
ガチャッ
『こんばんは〜…』
夜も老けて、静まり返ったこの時間にあまり音を立てないようそろりと扉を開けた。
「玲香…何か用か。」
こんな時間に予想外の人物が来たからか、本を片手に少し目を丸くさせたソロ。
当たり前の反応ではあったが、何だか物足りずムッとする。
『そこは“迷える子羊よ、こんな夜更けに何かお困りですか。”くらい言ってよー』
「あいにく俺の部屋は教会じゃないんでね。…で?ほんとに何かお困りなのか?」
なんだかんだソロってこうやってノってくれるんだよね。
まぁそれを期待して言ったんだけど。
そんなことを考えながら後ろ手にドアを閉めて話す。
『いやー急ぎの用ってわけじゃないんだけど、電気ついてるの見えたから起きてるかなって思ってこないだ借りた本返しに来たんだ。』
「あぁ、わざわざ悪いな。…眠れないのか?」
『ううん、そろそろ眠くなってきたところ。ソロは?』
今にも出そうな欠伸を我慢しながら本を受け取るソロに尋ねる。
電気がついていたのはソロの部屋だけだったから他の皆は既に寝ているはずだ。
「俺はもう少し起きとく。調べたいことがあるんだ。」
『そうなの?手伝おうか?』
「いや、お前はもう寝ろ。見るからに眠そうだぞ。」
そう言って軽く笑うソロ。
そんなに見て分かる程眠そうだろうか。
欠伸我慢してるのバレたかな。
『はは、そうだね。じゃあ私は先に寝させてもらうよ。ソロも明日に響かない程度にね。』
「あぁ。おやすみ。」
ソロに手を振りながら、片手でドアを開け…
『………あれ?』
ガチャガチャ
「どうした。」
『いや…ドアがなんか、』
開かない。
そう言おうとした瞬間、突然ガタッ!とすぐ近くにある本棚が揺れた。
びっくりして跳ね上がると、さっきの弾みが原因だと思われる一冊の本が落ちてくるのが見えた。
『ぎゃ!』
「…っと、」
咄嗟に腕で頭を覆うようにして固まる私を片手で本から守るように抱きとめ、もう片方の手で落ちてきた本を掴んだソロ。
「あっぶね…。おい、お前も固まらずに避けろよ。」
『……』
「聞いてんのか。」
『…っへ。あっああ!ごめんありがとう!』
突然のことに、ソロのぬくもりをジワジワと実感しながら我に返って慌ててソロから離れる。
そ、そうだよね。私が避けてりゃソロが動く必要も無かったわけだし…。
「それにしても何だったんだろうな、今の。」
『…うん、この本棚だけガタッ!ってなったよね。』
不安に思いながらも、もう一度ドアに手をかける。
ガチャガチャッ
しかしドアノブをいくらひねっても音がするだけで一向に開く気配がない。
『や、やっぱり開かない…。』
「困ったな…。故障か?」
どうしようかと考えている時、ふと妙な音が聞こえてきた。
それはとても小さな音だったが、かすかに聞こえてくる。
何の音だろ…?
『ねぇ、何か聞こえない?』
「何か?……いや、聞こえないけど。」
どうやらソロの耳には届いていないようで、怪訝そうな顔をするだけ。
聞き間違いかな?と思ったがやっぱり聞こえる。
カタカタカタ…
その音は次第に大きくなり、やがてソロにもはっきり聞こえるガタガタとした音に変化した。
すると次の瞬間、机の上に置いてあった羽ペンとインクの入った瓶が物凄い勢いで滑り落ちた。
ゴトッと落ちた瓶から黒いインクが漏れる。
何だかゾッとして、部屋の温度が一気に下がった気がした。
『まっままままさかこれってぽ、ポポポルターガイスト…?!』
「…まさか。んなわけないだろ。」
『そっそうだよねーははっ。』
「なんだよ玲香、怖いのか?」
ソロが意地悪そうに笑いながら聞いてくるものだから、何だかムカついてつい意地を張ってしまい、無理矢理笑顔を作った。
『ま、まさか!怖くないし!』
そう言ってソロから離れようとした時、
ドンッ!
『ひぎゃあっ?!』
突然壁から叩くような音がして、反射的にまたソロにしがみついてしまった。
こ、今度は何なの…!!
次から次へと起こる変な現象に、もはや恐怖しか感じなくなっている私。
咄嗟に掴んだソロの手を握る力が強くなる。
「やっぱ怖いんじゃねーか。大方寝相の悪いレントあたりが壁でも蹴ったんじゃないのか?」
『そ、そっか……』
私、つい怖い方向へ考え過ぎてたかもしれない。
レントの寝相の悪さが原因と分かれば大したこともない。
………ん?
いや、待てよ?
『そ、ソロ…、』
「なんだよ」
『こ、この部屋って確か……一番端っこじゃなかったっけ…?しかも隣はリュカだった気が…』
「………あ。」
今音が聞こえてきたのは左側。
隅っこにあるこの部屋の左はもう壁しかないわけで、例え右から聞こえた音だったにせよ寝相の良いリュカが壁に勢いよく当たるとは考えにくい。
それを踏まえて今思い出したというような反応をするソロ。
ソロの表情にも段々と不安の色が見え始める。
すると今度は時を見計らったように、ランプの火がフッ…と消えた。
『……ひっ?!』
「…ったく、なんなんだよさっきから…」
真っ暗で表情までは分からないが、ソロの声色は怖がっているようにも聞こえた。
さっきまで私が一方的に握っていた手を、今度はソロが強く握った。
『ソロ、もしかして怖いの…?』
「………………うっせ」
暗闇に目が慣れてきて、少し周りの様子が分かるようになり、そっぽを向いて小さく呟くソロが見えた。
その手は相変わらずギュッとするだけで、離してはくれなさそう。
そんなソロを見るのはなんだか意外で、少し可愛く思えてきた。
『ふふっ…』
「……何」
『ううん、何だか可愛いなって。』
「はぁ?」
『だって意外なんだもん、こんな怖がるソロを見るのなんて。』
「お前な…」
『最初は私に怖いのかーとか意地悪気に聞いてたくせに。今はソロの方が怖がってるね。』
「…おい玲香」
『手、もっと握ったって構わないんだよ?』
「……。」
『何だか今だけ優越感───んっ…!』
突然体を引き寄せられたかと思えば、暗がりの中でも分かるソロの整った顔が急接近。
一瞬ではあったものの、しっかり感じた唇の感触に、段々と頬が火照ってくるのが分かる。
「…生意気。」
呆然とする私に、おでことおでこをコツンと合わせた状態で言い放つソロ。
その時のソロの顔は、今までで一番意地悪で、一番甘い笑顔でした。
END
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