novel


▼ お礼のお礼。



『あっちゃー…』


リッカちゃんの宿屋のキッチンで、一人苦い顔をする。
食材が入っている倉庫の棚を全て開け、見渡してもほとんど中身がない。

暇だし、料理の練習でもさせてもらおうかと思ったんだけど材料が無いのでは何もできない。


『どうしようかな…』

「どうしたの?」

『あ、エイト。』

「玲香がキッチンにいるなんて珍しいね。」

『いやー暇だからたまには料理でもしてみようかなって。』

「へぇ、いいね。僕も参加していい?」

『うーん、それが困ったことに材料が全然無いんだよね。』


開いたままの食材の棚を指差しながら言うと、エイトもひょいっと覗き込む。
ほんとだ、と小さく呟いた。
やっぱこれだけじゃ作れないよね。


「じゃあさ、今から買いに行かない?」

『え、今から?もう夕方近いよ?』


なんせ思い立ったのがお昼を過ぎて結構時間が経った後だったのだ。
窓の外から見える空がほんのりと夕焼けで赤みを帯びているのが分かる。
今から買いに行って宿屋に戻って作ったら夜になっちゃうな。


「でもどうせ材料は必要になるわけだしさ。ついでに夕飯も作っちゃおうよ。」

『そっか、それもそうだね。じゃあ私買いに行ってくるよ。』

「あ、僕も行くよ。食材って結構重いし。」

『相変わらず紳士ですね。』

「もっと褒めてくれてもいいんだよ。」

『こら、調子に乗るんじゃないの。』

「相変わらず厳しいですね。」


…なんて、初っ端からふざけ合ってしまう。
こんな何でもないやりとりがとても楽しく感じるのは、相手がエイトだからだろうか。

買い物に行くって言ったって、場所は宿屋から出てすぐそこのセントシュタイン城下町だ。
軽く準備を済まして、さっそく出発。





***




外へ出ると、何だかお店が増えてるように思えた。
それもそのはず、セントシュタイン城下町では今、丁度バザーをやっている最中だったらしい。
規模は小さいものの、食材や武器はもちろん、アクセサリーなどの小物を売ってるお店もいくつか出ていた。


『今朝からずっと外がいつもより賑やかだったのは、バザーがあったからなんだね。』

「そうだね。…あ、見て見て玲香、似合う?」

『んー?』


キョロキョロと興味津々で辺りを見ていると、エイトが私の肩をつついて呼んだ。
振り返ると、物干し竿を構えているエイトがいた。
何かが可笑しいわけでもないのに、なぜだかその姿にぷっと吹き出してしまう。


『そ、そんな日用品を真剣に構えないでよ…ぷっ…なんかエイトそれ似合う…!』

「うわあ、いざそう言われると何か複雑!」

『自分で見せてきたくせに…』

「あはは、それもそうだね。」

『…あ、これなんてどう?ピッタリじゃない?』

「バトルフォークか。……どう?」


物干し竿の隣に置いてあったバトルフォークを手に取り、またもやそれっぽく構えるエイト。
何でこんな日用品みたいなのが様になってるんだろう。
明らかに変な意味で似合ってるその姿を見ると、やはり笑わずにはいられなかった。


『ぷっ…ふふっ、凄い似合ってるよ…ふふっ、かっこいいよエイト。』

「絶対思ってないでしょそれ。失礼だなぁ…バトルフォークは列記とした武器なんだよ?」


口を少し尖らせて拗ねたように言うエイトは、何だかちょっと子供っぽくて可愛い。
そんな作り拗ね顏もすぐに耐えきれなくなって、結局さっきみたいにエイトも笑ってしまった。

お互いにクスクスと笑い合い、もう一度出店を見ようとした時、ハッとする。
私たち、夕飯の材料買いに来たんだった!
ついお祭り気分に浸ってしまっていたようだ。


『エイト、材料買いに行かなきゃ!』

「あ、そうだった。」

『二人して本題忘れてたね。』

「ほんとだね。玲香といたらすぐ時間忘れちゃうからダメだな。」

『私も。エイトといたら何気ないことでも楽しめちゃうから困るよ。』


野菜売り場へ向かいながら会話する。
…今めっちゃ自然な流れで話してたけど、結構恥ずかしいこと言わなかった?!
夕方で、辺りがお祭りみたいな雰囲気ってだけで、ここまでスルッと本音が出てしまうものなのか。
それともエイトの自然体な雰囲気のせいなのか。


「何だか玲香と二人だけで会話するのってあんまりないよね。」

『え?…あー、確かに。いつも誰かしら周りにいるもんね。』

「そうそう、毎回必ずっていう程邪魔者がいるんだよなぁ。」

『じ、邪魔者…あはは…』


よく分からないけどあまり突っ込んではいけないフレーズみたいなので、とりあえず苦笑いだけ返しておいた。
エイトにとって皆は一体どんなポジションなんだ…。


『えーっと、とりあえず野菜を一通り買っとく?』

「そうだね。今日は皆揃って食べるだろうし、多めに買っておこうか。」

『あ、じゃあこのセットで売ってるやつのほうがいいかな?』

「セットのもあるのか。うーん…ちょっと数が減るけど種類は揃ってるし、それにしよう。」

『了解ですエイトママ。』

「こら、誰がママだ。」


コツンと頭を軽く小突かれ、笑いながら見上げると、エイトも困ったように笑い返してくれた。
この表情、ちょっと弱いんだよなあ私…。
少しキュンときてしまった胸を抑えながら、セットの野菜を店番のおばちゃんに差し出す。


「この野菜セットだね。300Gだよ。」

『はーい、えーっと…さんびゃく…』

「はい。」


私がお財布をゴソゴソと漁っていると、横からスッと手が伸びた。
言わずもがなエイトの手であり、気付いた時には300Gの受け渡しが完了していた。


「はい、まいどあり。」

『ちょ、エイトお金…』

「ん?」

「お二人さん、今日は夫婦仲良く料理かい?」

『へっ?!え、ちっ、ちが』

「はい、そうです。」

『え、エイト?!』

「いいわねぇ〜。あ、ほらこれ重いから旦那さん持ってあげなさいよ。」

「あはは、もちろんです。」


当然のごとく、今買った野菜セットのカゴを笑顔で受け取るエイト。
私はというと、あわあわして去り際におばちゃんに会釈するくらいしかできなかった。

食材売り場から離れて少し落ち着いてきたので、私は歩きながら口を開いた。


『エイト、色々言いたいけどまずありがとう。』

「何が?」

『もう!お金払ってくれたりそのカゴ持ってくれてることとかだよ。300Gは後でちゃんと返すね。』

「いいよそんなの。たかが300Gだし。」

『そういう訳にもいかないよ。』

「いいってば。これくらいさせてよ。」

『いやそんな甘えられないし』

「僕、”旦那さん”なのに…。」

『も、もう!それもだよ!何変なウソついてるの!』

「あながち間違いではないんじゃない?」

間 違 い で す 。

「残念。」


そんなことを言いながらわざとらしくため息をつくエイト。
もう…なんて呟くが、内心感謝と申し訳無さが交差する。
何か全部やってもらってばっかだなぁ。
せめて何かお礼を…お礼…。

エイトに不審がられない程度に辺りをキョロキョロする。
食材売り場と鍛冶屋を通り過ぎると、今度は指輪やメガネなどの装飾品が売られているエリアになった。

そうだ…!



『ねえエイト、今だけあなたを旦那さんと見立ててお願いがあるの!』


私がそう言うと、エイトは驚いたような表情をした。まあさっきまで否定してたしね。
それでも「何?」って聞いてくれるエイトは優しい。


『実は野菜以外にチーズもいるっていうことすっかり忘れててさ…』

「何だそんなことか。はいはい、買って来るよ。玲香はそこで待ってて。」

『ありがとう!さすが私の”旦那様”!』

「調子いいんだから。」


そう言いながらもお願い通り動いてくれるエイトの背中を見送りながら、完全に角を曲がったのを確認して、私も行動へと移す。

先ほどから気になっていたアクセサリー屋さん。
もちろん買うのは自分用ではない。
買い物に付き合ってくれた上に、様々な紳士っぷりを見せてくれたエイト用である。


『どれにしようかな……』


いくらここから食材売り場が遠くて人混みであるとはいえ、エイトが帰ってくるまでの時間はそう多くない。
それまでにちゃちゃっと決めなきゃ。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


たくさんの綺麗なアクセサリーを目の前にして、唸る私に店員のお姉さんが話しかけてきた。


『えーっとプレゼント用で…。』

「女性用でしょうか?」

『いえ、男性なんですよ。できれば守備力上がったりだとかそういう効果があるのがいいんですけど。』

「そうですね…。でしたらこちら側のアクセサリーなんかはどうでしょう?どれも特殊効果がありますよ。」


お姉さんが示す通りに視線を右側に移すと、特殊効果があるものばかりのアクセサリーがいくつかあった。
リングとかブレスレット系は何個か持ってたしなぁ…被らないように…。



『あっ』


ふと目に入ったペンダント。
手にとってまじまじ見てみる。綺麗な空色が神秘的に光る雫型のペンダントだ。


『綺麗…』

「そちらの雫のペンダントは守備力と魔力が強化される効果があります。デザインと機能性から女性にも男性にも人気の商品なんですよ。」


私がうっかり見惚れていると、店員のお姉さんがにこにこしながら教えてくれた。
そっか…これならエイトにも似合うかもしれないな。それに特殊効果もいい感じだし。


『じゃあこれにします!』







***



『ふぅ…買えた買えた。』


いいものが買えたので、ほくほくしながらさっきエイトと別れた場所へ戻る。
どうやらエイトはまだ帰って来ておらず、間に合ったようだ。
夕方なのに人通りが多いなぁ。
いくら城下町とはいえ、この時間帯に賑わうのはバザーなどイベント時くらいだ。

少し新鮮な気分になっていると、人混みの中から急ぎ足でこちらへ来るオレンジ色のバンダナが見えた。


「ごめん!結構時間かかっちゃった。待ったでしょ?」

『ううん、そんなことないよ。それよりごめんね、わざわざ買いに行かせてしまって…』

「本当だよ。まったく人使いの荒い”奥さん”だ。」

『そ、その設定はもういいでしょ!』

「はは、冗談だよ。…時に玲香」

『ん?』


「さっきから背後に隠してる物は何?」

『げっ……』


ずばりと当ててみせるエイトに、思わずたじろぐ。
分からないとでも思った?と言うように笑う彼を見て、少し苦笑い。
いくらなんでも気付くの早すぎ。
私は観念して先程買ったばかりのプレゼントを差し出した。


『はぁ…、ほんとは最後に渡そうと思ってたんだけど仕方ないね。』

「何これ?」

『はい、エイトにあげる。』

「え、僕に?どうして?」

『今日買い物に付き合ってくれたお礼!何だか私ばっかり色々してもらっちゃってたからさ。エイトにチーズ買ってきてもらってる間に買ったんだ。』


突然のプレゼントに、エイトはとてもびっくりしていた。
そりゃそうだ。何か隠し事をしていると睨んだはいいものの、それがまさかの自分宛のお礼だったなんて。


「そんな、気にしなくていいのに…」

『いいの!日頃の感謝も込めてだよ。』

「そっか。ありがとう…。開けてもいい?」

『もちろん、どうぞ。』


何だか照れ臭くなって、カサカサと小さな袋を開けるエイトから目を逸らす。
帰りに渡してさっさと自室に逃げ込む予定だったのになぁ。


「うわあ…綺麗なペンダント!…どう?似合う?」

『ふふ、似合ってるよ。物干し竿とかバトルフォークよりもずっとね!』

「あはは、ありがとう。今日一番嬉しい褒め言葉だ。」

『それね、守備力と魔力も上がるんだって。』

「へえ、それは便利だ。そんなとこまで考えるなんて、さすが僕たちと一緒に旅してるだけあるね。」



予想以上に喜んでくれたエイトに、私も嬉しくなった。
買った食材を半分こして持って、リッカちゃんの宿屋へと戻る。
帰り道も他愛ない会話で溢れていた。






『ふぅ…人が多いから近くてもちょっと疲れるね。』

「だから荷物は全部僕が持つって言ったのに…。」

『大丈夫大丈夫!もう着いたしさ。ほら、早く入ろう。』


よいしょと荷物を持ち直し、宿屋の扉に手をかける。
すると、その手にエイトの手が重なった。


『え……』

「玲香」

『どうし……………』







ちゅっ






ほんの一瞬の出来事に、頭が上手くついていけなかった。
至近距離にあったエイトの影が離れたと同時に、彼の首で雫のペンダントがキラリと揺れた。



『…えっ、エイ、ト……いまの、…』

「……お礼のお礼、かな。」


だんだんとはっきりしてくる意識を追いかけるように顔が熱くなる。
私、今エイトに……。

思わず口を片手で覆った。





「設定なんかじゃなく、いつか本当の”旦那さん”になってみせるよ。」



耳元でぼそりと呟かれた言葉に、戻りつつあった意識がまたショートした。




END


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