▼ E:神秘のビスチェ
『これ、どうしよう…?』
とあるアイテムを両手で持ち、目の前に広げてみせる。
使い道のないあぶないビスチェをどうやったら普通の装備品に変えられるか悩んだ結果、上品かつ防御力もそれなりにある光のドレスと錬金したはいいものの…。
『出来上がったのが“神秘のビスチェ”だなんて…』
こんなんじゃあぶないビスチェとほとんど変わらんじゃないか!
誰が着るっていうんですこれ!
『ってことではいアレフ。』
アレフ「よしきた。さぁ行こうか僕たちの愛の巣へ。」
ローレ「何馬鹿なことぬかしてんだ。」
アレフ「事実を言ったまでだよ?」
レント「ふざけんじゃねーよ。誰が行かせるかっての!第一アレフを選ぶ時点で玲香もどうかしてんだろ!」
い、いやどうせ使い道ないしたまたま近くにアレフがいたから渡しただけなんだけど…。
他の人の方がよかったのかな。
そこで辺りを見回し、適当な人を探す。
リッカちゃんの宿屋を貸し切りにしてもらっているため、ロビーには見慣れたメンバーしかいない。
このアイテムを使いこなせる人は……
『ソロ、これ着「その思考はおかしい。」
ふと隣に目を向けるとソロが暇そうに本を読んでいたものだから声を掛けたっていうのに最後まで喋らせてくれないなんてあんまりじゃありませんか。
ソロ「何で俺を選んだのかは置いとくとしても俺がそれを“着る”っていう考えはどこからきたんだ。」
『うーん適任だと思ったんだけど…』
リュカ「一体どういう過程でそうなったのか本当知りたいよ…」
リュカまでもが微妙な笑みを浮かべている。
いつも“ふふっそうだね”って感じで何でも肯定してくれそうなリュカにそんな表情されると何だか傷付くぞ…!
『じ、じゃあえっと…』
ナイン「まさか僕たちの中の誰かにそれを着せようとしてます?」
『……………いや、』
レック「そのまさかだったみたいだな。」
あれ!何で皆そんな心底驚いたような顔で私を見るの!!
辺りを見れば誰もが何言ってんだこいつみたいな視線を私に送っている。
『べっ別に私だって本気で皆に着てもらおうとしてたわけじゃないよ!!ただ使い道がないから売るでも着るでも捨てるでも何でもしてくれていいよって意味で渡してたんだって!』
アルス「それでも着るっていう選択肢はちゃっかり入ってるんだね…」
いや今のは咄嗟に出た言葉でして。
決してそんなビスチェ姿の勇者を見てみたいなどという好奇心から生まれたアレではなくてですね、
エイト「じゃあ僕がもらってもいいかな?」
「「「え?!」」」
今まで黙っていたエイトが、突然その神秘のビスチェを欲しいと自ら申し出て来たのだ。
当然のことながら私達全員は目を丸くし、驚きの表情でエイトを見る。
『も、もちろんいいけど…』
ローレ「おま…まさかそれ…着るのか?」
エイト「うん」
レック「えっええええええ!引く!!引くわー!!」
アルス「エ、エイトにそんな趣味があるなんてびっくりだよ。」
エイト「着るよ、玲香が。」
時が止まった。
『……ん?聞き間違いかな?エイト、何だって?』
エイト「玲香がこの神秘のビスチェを着る。そう言ったんだ。」
いい笑顔でとんでもないことを言ってくるエイトにだらだらと変な汗が流れ出る。
彼は何をほざいているんだろうか。
それこそどういう過程でそうなったのか本当知りたいよ!!
エイト「だって使い道ないんでしょ?だったら何でもしてくれていいよって言った限りもらった僕がどう使おうと勝手じゃない?ってことではい、玲香。」
▼わたす
変わらず笑みを浮かべながら先程エイトに手渡したばかりのビスチェを再び私の手元へと返すエイト。
ローレ「あーなるほど。ナイスアイデアエイト!」
レント「よっしゃ玲香今すぐ自室へGO!」
アレフ「じゃあ僕も手伝うよ。」
ソロ「待て。」
なんやかんやと皆に促され、自室へと向かわせられた私。
その手には天使を想像させる羽がついたデザインの何とも言え難いアブノーマルなビスチェ。
『はぁ…。』
こんなことになるなら誰かに渡す前に自分で売れば良かった。
でもエイトの言う通り何でもしてくれていいって発言した以上はこちらも反論しにくい。
ええい!もういいか!!どうにでもなれ!!
***
『というわけで着ました』
恥ずかしさも何もかも通り越してもはや感情が無だよ無!!
あぁほら見てよあの皆の顔…心なしかゴクリと固唾を飲み込む音まで聞こえてきそうだ…。そんなに醜い姿なのか私。
あ、ダメだ泣きそう。
レント「ちょっと俺用事思い出したわ。玲香手伝って。」
ソロ「お前ビスチェ姿の人間に何を手伝わせるつもりだよ」
レント「え、言ってもいいの?」
レック「玲香、ちょっとここじゃ危ないから浜辺に行こう。」
ナイン「レックもビスチェ姿の彼女を連れて浜辺で何する気ですか。あなたも十分危ないですよ。」
レック「え?もちろん玲香と波打ち際で“ウフフつかまえてごらんなさ〜い” “ハハッ待てよ〜!ってやるつもりだけど?」
リュカ「レックのそういう正直なとこ、僕好きだよ。」
一体皆は何を言っているのか。
ポツンと取り残された私はというと、尋常じゃないくらいの羞恥を味わっていた。
この格好のまま皆の前に立ち続けている私は一体何をしているのだろうか…。
正直恥ずかしさで皆が何を話しているのか全く頭に入ってはいなかった。
わいわいしてるのは分かるんだけど、きっと私が皆のビスチェ姿を見たかったのと同じように大爆笑ものなんだろうな。
これが罰ってやつですかね。
そんなことをもんもんと考えていたら、いつの間にか隣には元凶ともいえるエイトがいた。
エイト「うん、思った通り。玲香にぴったりだったね!」
『うっうっ…慰めはいらないよ…!!芸人的な意味でぴったりなのは私も重々承知しているよエイト…!!』
エイト「まさか、そんなわけないでしょ。可愛いよってこと。大人っぽすぎるかなって思ってたんだけど後ろの羽が可愛らしさを引き立てて玲香に合ってる。」
………ど、どえれぇこと言いやがるなこの人。
さ、さすがいくつものアクセサリーや服などの装備品を錬金して作り出してきただけあるな…。
デザインへの目の付け所に私はとても感心してるよ。
アルス「でっでもやっぱりちょっと、ろ、露出が多すぎるんじゃない…かな…いっいや別に似合ってないとかそんなんじゃないんだけど…!むしろすごく似合ってて可愛いけど!!」
真っ赤になって必死に褒めてくれようとするアルスの方が何十倍も可愛いと思うけど。
そ、そうだよね…!皆が皆芸人を見る気持ちではないもんね。
アルスには刺激が強過ぎたよねごめんねこんなお見苦しいもの見せつけて…!!
ローレ「やーいムッツリー」
アルス「ちっ違うよ!!」
真っ赤になって一人でわたわたしてるアルスを見たら何だか無性に抱きしめたくなったので思わず手を広げて近づくと思いっきり後ずさりをされた。
『ちょっ…そんな全力で逃げられたら私が変態さんみたいじゃないの!!』
見てよこの行き場のない広げた手を。
ただの痴女じゃないかおい!
ソロ「安心しろ。お前以上の変態がここには大勢いる。」
レント「お前も含めてな。」
ソロ「一緒にするな。」
リュカ「といいつつもアルスに負けないくらい顔が赤い上に玲香ちゃんを直視できてないみたいだけど?」
ソロ「………うるさい。」
腕組みをしてそっぽを向き、ぶっきらぼうに答えるソロの頬はほんのりと赤く染まっているように見えた。
この部屋暑いもんね。
アレフ「さぁ玲香、このキャンディーあげるからこっちおいで。」
ナイン「どこの不審者ですか。」
『えっどれどれ!』
ナイン「何であっさりついて行ってるんですか。」
アレフ「そりゃあ僕という存在自体が信頼という言葉でできていてもいいくらいだからね…」
レント「わりぃ、俺疑いしかねーわ。」
ローレ「奇遇だな。俺もだ。」
アレフ「君たちそれでも僕の先祖と子孫なの…?!」
レント「つーかナインも色々ツッコんでるけどな、お前だって直視できてねーじゃねーか!」
ナイン「そっ……!んなことは…ない、ですよ」
エイト「歯切れが悪いよ?」
レック「おーっと元天使のナインさん!ここでまさかのよこしまな考えが…!!」
ナイン「み、見れます!別にやましい気持ちなんてありませんから!!」
周りの挑発に乗ってしまったのか、“元天使”という言葉にプライドがくすぐられたのか、ナインはキッと顔を上げ私の姿を目に映した。
『………。』
ナイン「……。」
『………。』
ナイン「……。」
『…………えっと…あの、ナイン?』
ナイン「う、わぁあぁああ!!僕には無理ですぅぅ!師匠僕には修行がまだ足りませんでした天使失格です…!!」
じっとにらめっこを続けていたかと思うと、ナインはいきなりうずくまってダンッ!と床を拳で殴った。
だ、大丈夫かナイン…。
随分笑いを堪えていたのか、隠しきれていない耳が真っ赤になっている。
ローレ「ナインもムッツリじゃん。」
アレフ「そりゃあんな出血大サービスの玲香を間近で直視したら悶えるって!」
レック「ナイン、お前はよく頑張ったよ…」
なんだかもう、よくわかんないけど、
こんなに皆が真っ赤になる程爆笑させることができたなら
私は芸人を目指した方がいいのかなと思いました。
END
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