▼ セリフなんかじゃない
『ただいまー』
「おうおかえり。」
私がリッカの宿屋に帰ると、ロビーにいたレントが出迎えてくれた。
そこにはいつものメンバーはおらず、一般のお客さんとレントだけだった。
『あれ、皆は?』
「さぁ?そこら辺で買い物とか剣の練習でもしてんじゃねーの?」
『ふーん…レントはしないの?』
「俺はさっきしたから今休憩。ところでお前、芝居見に行ってたんだろ?どうだった?」
そう、私は今日お芝居を見に行ったのだ。
なんでも旅をしながら色々な街を転々と訪れては公演する劇団らしく、今日はたまたまセントシュタインに来て公演したというわけだ。
良かった、今日セントシュタインに戻って来て。
『すっごく良かったよー!王子様と町娘のラブストーリーでね、もうキュンッキュンした!』
「おっまえ、ホント王子様の物語好きだよな…。そんな奴普通いねーって。」
『そ、そりゃあんな素敵な人が現実にいるわけないのは分かってるけど!』
「何言ってんだよ。ここにいるだろ…?素敵な勇者様が…」
『あ、ごめん全然聞こえない。』
「こいつ…!」
『レントもあのお芝居の素敵な王子様を見習ったらどうですかー。そんなんじゃモテないぞー?』
「あのなぁ…」
そんな低レベルな挑発をしながら、私は自分の部屋へと向かった。
まぁ、本当はレントは見習わなくたってきっとモテてるだろうけど…。
ぼんやりとそう思いながらパタリと扉を閉めた。
***
次の日の朝。
窓からの暖かい日差しに、自然と目が覚める。
少し寝過ぎちゃったかな。
まぁ今日は特に用事もないしのんびりしよっと。
まだ眠たい目をこすり、ベッドから降りて支度をする。
コーヒーやパンなどの美味しそうな香りにつられるようにして私はロビーへと向かった。
『あ、レントおはよう。』
「あぁおはよう。朝一番にお前の顔が見れて嬉しいよ。」
『ブフォーッ!!』
普段聞き慣れない突然の甘いセリフに、飲みかけていたコーヒーを思いっ切り吹いてしまった。
「ちょっ、おい大丈夫かよ。ったくコーヒー吹きやがって…ほら、拭いてやるからこっち向け。」
『けほっけほっ…』
レントがそこにあったタオルで服等を拭いてくれる。
私はそれどころではなく、されるがままになって口をパクパクしていた。
え?いやこの人今何て?
“朝一番にお前の顔が見れて嬉しい”?
ど…ど…ど…
『どうしたんやレント…!』
ガシッとレントの肩を掴み、本人に尋ねる、
「は?何が?…ほら、キレイになったぞ。良かったなシミにならなくて。ったく朝っぱらからドジだよなー」
いつの間にか零れたコーヒーはレントによって拭かれてて、いつものように軽い意地悪を言われる。
そうそう、これでこそレントだよ。
良かった…いつものレント
「ま、そんなとこも可愛くて好きだけどな。俺は。」
じゃなかった!!
誰だこの人!私の知ってるレントはこんなこと言わんぞ!!
『あ、ありがとう…?ごめん、ちょっとびっくりしちゃって…。』
「おう、気にすんな。俺はお前と朝食を食えるだけで幸せなんだからよ。」
『…ウ、ウンソウダネ。』
や、やりにくい…!
なんだどうしたんだ今日のレントは…!
向かいの椅子に座って同じようにパンを食べるレントをチラリと盗み見る。
一見いつもと変わらないっちゃ変わらないんだけども…。
…あれ?何だかレント、目が赤い…?
寝不足かな。珍しい…。
すると私の視線に気付いたのか、ふと顔を上げたレントと目がバッチリ合ってしまった。
『ごっごめん、ジロジロ見ちゃって…』
「別にかまわねーよ。お、俺もお前の顔ならいつまでも見つめていたいから…」
そんなこっ恥ずかしいセリフの割には、顔を真っ赤にさせこちらを見ようともしないレント。
完全に私から目を逸らしている。
そ、そんなことを耳まで赤くしながら言われたら私までドキドキしてしまうじゃない…。
***
やたらと落ち着かない朝食を済ませ、起きる時間が遅かったためかお昼がくるのはそう長く感じられなかった。
『うーん。あんまりお腹空いてないしなぁ……あ、そうだ!宿屋の外にある花壇に水やりでもしてこよう!』
ガチャッ
特にすることもないので思いついた花壇の所へ行こうと自分の部屋から出ると、
「『あ。』」
そこには丁度私と同じように部屋から出ようとしていたレントがいた。
で、できれば今日はあんまり会いたくなかったんだけど…。
「どっか行くのか?」
二人ともドアノブを握ったままお互いを見て止まっていたが、先に口を開いたのはレントだった。
『あ、うん。特にすることないし、花壇に水やりでもしようかと…。』
「ふーん。じゃあ俺も手伝うよ。」
『え"っ?!で、でもレントも何か用事があったんでしょ?』
「いや?別に俺も特にすることねーから。」
『い、いやでも何か悪いし!』
どうにかついて来させないようにしようと慌てて遠回しに断る。
するとレントはムスッとした表情を見せ、何だか不機嫌そうだ。
「何だよ。不満なわけ?」
『え?!そんなことないよ!手伝ってくれて嬉しい!』
「じゃ、決まりだな。早く行こうぜ!」
『わっ、ちょ、待ってよ引っ張らないで!』
さっきとは打って変わって嬉しそうな笑顔を見せたと思うと、私の手を掴み外へと走った。
こういうとこ、無邪気なレントらしくってちょっとだけ安心するんだけど…今日のレントは何か変だから少し不安になる。
いや、不安っていうかドキドキ?
確かに不満ではないけども今日のレントといると変にドキドキさせられるから、あんまり一緒にいられないんだよね…。
***
『…よし!こんくらいでいっか!』
空になった水差しを片手に潤いに満ちた花たちを見回す。
花びらについた水滴が、太陽に照らされキラキラと輝く。
「ははっ、何か花も元気になったみたいだぜ。」
『そうだね。ここ最近雨が降らなかったから喉が渇いてたのかも。』
二人で花壇をニコニコしながら見つめる。
赤や黄色、ピンクに紫。
色とりどりの花があってとても鮮やかだ。
『ふふっ、やっぱ花は綺麗だし可愛いなぁ…。レント、手伝ってくれてありがとう!』
レントの方を向き、お礼を言うとレントは一瞬面食らったような表情をしたが、すぐにそっぽを向いて頬を掻いた。
この仕草は照れたりバツが悪かったりした時のレントの癖だ。
逆光になっててよく見えなかったが、少し顔が赤くなっているようにも見える。
「お、おう。…そ、それとさ、お、お前の笑顔もその花に負けねぇくらい輝いてると思う…ぞ…。じ、じゃあ俺手洗って来るから!」
それだけ言うと目にも止まらぬ早さで宿屋へと戻り、私だけがその場に残された。
『な……んなんの、今の…。』
またも甘いセリフを言い逃げされ、ドキドキする胸を右手で抑え、落ち着かせるのに必死だった。
しばらくして私も手を洗いに洗面所へ行き、廊下を歩いている途中に一つだけ開いたままの扉が目に入る。
あれ、ここの部屋は確か……レントの部屋だ。
『開けっ放しだ……ん?』
誰もいないその部屋のドアを閉めようとした時、ふと机の上にある物に気付く。
『本…?』
あのレントが?
レントって普段本なんか読まないはずなんだけど…。
そんな彼が一体どんな本を読んだのか気になり、勝手に入るのはいけないと思ったがそこは好奇心が勝ってしまった。
幸い今レントはいないし、ちょっと見たらすぐ出よっと。
静かに部屋へ入り、机の上に置いてある本の表紙を覗き込む。
『…なになに?…“愛と美のセレナーデ”…?はぁっ?!』
予想外過ぎる本のタイトルに、思わず大きな声が出た。
レ、レントが…こ、こんな完全なラブストーリーを…。
驚きと共に何だか面白くなり、内容が気になったので少しだけ本を読んでみることにした。
『ぷっ…あのレントがこんな本を…ふふっ。………あれ?』
パラパラとページをめくっていく間に、目に止まった箇所があった。
『“おはようセザンヌ…朝1番に君の顔が見れて嬉しいよ…”…。“君と朝食を共にできるだけで僕は幸せさ…”…。』
このセリフどこかで……ハッ!
こ、これは今朝レントが私に言った言葉にそっくり!
それだけではなかった。探してみると、他にも昼間言ったセリフなどあの甘い言葉がいくつか載っていたのだ。
何かおかしいと思ったらこれの影響か!
でも一体なんで…
「…ん?誰かいるのか?っておいっ!何してんだよ!」
突然ドアの方から怒鳴られ、ビクッとしてしまう。振り返るとそこにはレントが焦った表情で私を見ていた。
しまった…。本に夢中になりすぎて全然気付かなかった。
『レ、レント…。ごめん、勝手に入って。あとさ、これ、読んじゃったんだけど…。』
「げっ…!」
『朝から何かおかしいとは思ってたけど、これに出てくるセリフだったんだね。』
私が本をレントの前に突き出すと、今度はレントがしまったと言わんばかりの顔つきになる。
『もーびっくりしちゃったよ。でも何でこんなことしたの?』
「お前が……って言うから…。」
『え?』
「お、お前が!もっと王子みたいな奴を見習えって言うから!」
レントが少しムキになって言い返す。
その言葉に昨日の出来事が思い出された。
『あ、あの時の……。』
「俺だってなぁ!言うのめちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ?!昨日の夜どんだけ必死に覚えたか!」
『なっ…そ、そんなこと言ったら私だって今日ずーっとドキドキしっぱなしだったんだよ?!普段あんなこと言わないレントがさぁ…!』
「おっ俺だって!…最初お前の芝居の話聞いたりその本読んだりした時、こんなこと言うなんてありえねーって思ってた。こんな奴現実にいるわけないって…。」
『……。』
「…けど…だけど、玲香と一緒にいたり、玲香の笑顔見たりする度に、そのセリフと同じような気持ちになったんだ…。実際口にするとマジ恥ずかしいけどよ。」
『…っ』
真剣な眼差しで必死に伝えようとしてくれるレント。
お、おかしいな…こんなセリフはあの本に載ってなかったはずなんだけど…。
「これはセリフじゃねーよ。本気だ。」
『……レント…。』
二人の間に静かな時間が流れる。
お互い見つめあったままだ。
『……その言葉、信じてもいい?……これからきっとレントに迷惑をかけることになる…それでも、それでもレントは私を選んでくれる…?』
「玲香……。」
レントが私の言葉に頷きかけた時、
「…ってお前それ本の中のセザンヌのセリフじゃねーか!!」
『あは、バレた?ちなみにp128の4行目参照ね。…あれ?レントってば顔真っ赤だよ。』
「玲香てめぇ…」
『あははっ!今日一日私をからかった仕返しだよー!』
「こら待てっ!」
顔を真っ赤にさせたまま、それでも無邪気ないつもの笑顔で追いかけて来るレントからきゃーきゃー言いながら逃げる私。
熱くなった頬と、鳴り止まない鼓動は、きっと走っているせいなんだと無理矢理自分に言い聞かせ、パタパタと走り去って行く。
いつかはセリフの力なんて借りずに、
自分の言葉で言えたらいいな。
END
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