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温かくて、微睡みから抜け出せない。もうちょっとだけ。何だかすごく心地好い。

「ん…?」
「まだ寝てていいぞ」
「…なんで?」
「オヤジんとこ行って、そのまま寝ちまっただろ?」

するり、と髪が引かれる感覚。気怠げな声は頭上から。てことは、腹に回ってるこれは腕か。

昨日船に帰ってきて、父さんとお喋りして。船にいられて嬉しいこと。乗せてくれてありがとうってこと。これからも、ずっとこの船にいたいこと。そんなことを話して。…寝ちゃったかもしんないけど。何で?

「何もしてねェから安心しな」
「…うん?」

そういう問題でなく。そもそも、これは何もしてないになるのか?納得いかない。
ぎゅう、と抱き込まれて、逆に目が覚めた。化粧落としてない。シャワー浴びたい。

「…目ェ覚めたのか」
「覚めました。離してください」
「もうちょっといいだろ」
「良くないです。化粧落としてない」
「化粧は落とした」
「は?」
「問題ねェな?」
「ちょ、あります!シャワー浴びたいから離してください!」
「後でいい」
「良くない!」

何、今日しつこいな!いつもか。イゾウさんの気が済むまで逃げられた試しないな。

「…金魚鉢、探しに行きたいんですけど」
「ある」
「…何で?」
「さァな」

またこの人買ってきたんじゃなかろうな。というか、今何時?そりゃ、姉さんが起こさないわけだ。

「イゾウさん、お腹空きました」
「…そんなに嫌か?」
「…嫌じゃないですけど」

嫌じゃないからどうしていいかわからん。温かくて、居心地はいいけど。これに慣れちゃ駄目だろう。一人で寝れなくなりましたなんて笑えない。

「偶には甘やかしてくれたっていいだろ?」
「それは、…ちょっとずるいんじゃないですか」
「何でもいいさ」

いいのか。本当にいいのか。後から誰かに怒られたりしない?



***

「やっぱり限界だったか」
「あァ、ゆっくり休ませてやんな」
「…オヤジ。おれも、この船にいられて良かったと思ってる」
「グララララ…珍しいな。改まってどうしたァ?」
「イズルにばっかりいいとこ見せられちゃ敵わねェからな」
「…素直ってのは諸刃の剣だ。人を喜ばせることもあれば、自分が傷つくこともある」
「…」
「大事にしてやんな」
「あァ」




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