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イゾウさんにぬいぐるみと金魚を預けて、輪の中に飛び込んだ。跳ねて、回って、手を叩いて。腕を組んで入れ替わって。キャンプファイヤーじゃないんだぞ。

「イズル!お帰り!」
「…何でいんの」

三周くらいした。戻ろうとしたら、何かいた。何。何で。ちょっ、寄ってこないで。ゾノさん。ゾノさんヘルプ。虫も獣も平気だけど、こういうのは無理。近いわ。

「踊ってるイズルも素敵だね。とってもきれいだった」
「どーも…」
「ねえ、この島に残ってよ。おれ、もっとイズルのこと知りたい」
「は?」「あ?」

わたしとゾノさんの声が被った。実は柄悪いよね。ああ、海賊なんだなあって実感するよ。

「この前は嫌がることしちゃってごめんね」
「はあ…」
「でもおれは、イズルのこと、すごく素敵な女性だと思ってるんだ」
「はあ…?」

…なぜ?いや、さっぱりわからん。何に誘われてるのか、何を求められてるのか、何だと認識されてるのか。まじで謎。何て答えろと?

「この島でおれと一緒に暮らさない?」
「暮らさない」
「どうして?もしかして、あのキモノの人は彼氏?」
「…上司」
「は?おい、イズル、」
「それなら。ここには日本人も、他の国の人もいるよ」
「そういう問題じゃない」
「…この島は、嫌い?」
「好きだけど。わたしはあの船の方がもっと好きだから」

 あの船で、兄さんと姉さんと父さんと。色んな島に行って、馬鹿なことして。わたしにとっての日常は、これからは、陸で日々を費やすことじゃない。

「おい」
「うわっ、」

背後から寄ってきたイゾウさんがそいつの襟首を掴んで、たたらを踏んで距離が空く。わたしは見えてたけどね。歩いてきてるとこ。でも、このくらいちゃんと自分でできるよ。そんな、庇うみたいに立たなくたって。

「人のもんに手ェ出してんじゃねェよ」
「イズルはあんたを上司って言ってたけど?」
「へェ?」

あっ…いや、あの、ごめんなさい。彼氏って言ったら面倒くさいことになりそうで、…嘘です。だって、言い慣れてなくて。咄嗟に、つい。

「なら、上司からの忠告だ。本気でイズルを連れてきたきゃ、まずはおれに話を通すんだな」
「はは、まるでマフィアだね」
「似たようなもんだ」
「Come?」
「おれたちは、海賊だからな」

イゾウさんの後ろから顔を覗いたら、目を丸くしていた。そりゃそうだ。海賊なんて身近なもんじゃない。

ところで、わたしはあんたの名前も知らないんだけど、何であんたはわたしの名前知ってんのさ。



***

「楽しそうだね」
「あァ、…はは、ゾノも頑張ってるぞ」
「…イズル、船下りたりしないよね?」
「下りれるわけねェだろ。隊長様が許さねェってよ」
「イズルはイゾウのそういうとこわかってんの?」
「わかってねェだろ。ありゃァ、イゾウがどんだけ我慢してるかも知らねェぞ」
「うわ、きっつ。イゾウどんまい」
「可愛いもんだろ」




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