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エースさんはよく食べる。屋台全部食い尽くすんじゃないかってくらいに。それで食い逃げするんだから、店をやってる方は堪ったもんじゃないだろう。

「何だ、その魚。食えんのか?」
「食べないでください。わたしのです」

飲食屋台だけじゃなくて、金魚も、スーパーボールすくいの最中も食べそうだ。やめてほしい。どこに入ってくんだ。

「どうするつもりだよい」
「どうしましょうか。船で飼えるんなら頑張って面倒見ますけど」

マルコさんは、たぶんエースさんのお目付け役だろう。御愁傷様です。でも会った瞬間舌打ちしたのは傷ついた。

「お前…その魚知ってんのかよい?」
「金魚じゃないんですか?」
「そんな可愛いもんじゃねェ」

曰く、雑食の海水魚。何だ。海水なら腐るほどあるじゃん。雑食なら4番隊から何か分けてもらおう。

「下手したらイズルの指も食うよい」
「ああ…じゃあ、餌には困らなそうですね」

いざとなったら、余所の海賊解体しよう。いっぱい食べるわけではなさそうだし。…そんな目で見られても。

「…いいのかよい」
「問題ねェだろ」

けらけら笑いながら、わたしの頭の上に手を乗せる。何でイゾウさんに確認すんのさ。保護者か。

「おっ、イゾウ!射的だってよ!」
「あ?」

神社さんの、門が見えるくらいまで来ていた。兄さんたちともちょくちょくすれ違う。あったんだ。見当たらないと思ってたけど。

「おれがやったら店が潰れるぞ」
「いいじゃねェか!イズだって見たいだろ?」
「見たいです」

実は、イゾウさんが銃を抜いたところは見たことがない。銃声は聞いた。一回だけ。イゾウさんの後ろにいたから何にも見えなかったけど。

「あ、嫌だったら大丈夫です」
「…一発だけだぞ」

えっ、まじ?本当に?めっちゃ顰めっ面だったけど。嫌なら本当に。別にいいんだけど。

「砂糖食ってるみてェだよい…」
「わたあめですか?」
「違ェ」

イゾウさんが、子供たちに混ざって玩具の銃を構えた。流石に幾らか後ろから。すごいな。片手で何気なく持ってるのに、違うもの持ってるみたいに見える。

「へェ、本気か?」
「あの馬鹿。本当に店潰す気かよい」

パン、と軽い音がした。軽い音だったけど、他の銃とは明らかに音が違った。撃たれた景品が、後ろに飛んでテントの幕を揺らす。…ちょっと、気の毒。

「イゾウ、狙っただろ」
「つい、な。癖だ」
「本気で撃つのかと思ったよい」
「流石にそんな真似しねェよ。イズル」
「えっ、はい?」

何。何で呼んだの。目立つじゃん。今めっちゃ注目浴びてるのわかってる?

「あと二発残ってる。撃つか?」
「わたしが?何で?ですか?」
「おれがやっても面白くねェからな」

ああ。まあ、そりゃそうでしょうが。マルコさんにせっつかれて、イゾウさんから銃を受け取る。いつぞやの本物より、ずっと軽い。

「どれがいい?」
「え、狙って当たるとは思ってませんけど」
「何言ってんだ。おれが一緒で外すわけねェだろ」

あ、はい。さいですか。どれがいいって言われても、玩具は別にいらないしな。

「じゃあ、あの、赤い箱で」

中身が何かは知らないけど、何かお菓子。まあ、他も殆どお菓子なんだけど。此方でお菓子買ったことないなって。美味しいご飯で満足だったし。

「銃は両手で持て。右足引いて、目は瞑るなよ」

後ろからイゾウさんの手が回ってくる。脇をしめて、前みたいな反動はない。狙うのは上の方。可能なら角っこ。余計な力は入れないように、引き金を引くだけ。

「…、離れてても当たるもんですねえ」
「銃は近接で使うもんじゃねェぞ?」

知ってる。けど、いざ当たると妙な実感がわく。ちゃんとやれば、ちゃんと当たる。

「最後の一発はどうする?」
「…イゾウさんは何かないんですか?」
「おれか?」
「はい」

だって決められない。姉さんたちを見てて思った。わたしは意外と物欲がない。まあ、イゾウさんだって、こんなとこで何が欲しいなんてないだろうけど。

「なら、真ん中の段の、右から二つ目」
「…ここからですか?」
「移動してもいいぞ」

じゃあ、お言葉に甘えて。二歩三歩右にずれる。真ん中の、二つ目?小さくないか。えらいハードル高いな。

教わった通り。狙いを定めて構える。あんまり上の方とか言ってられない感じだ。外れたらごめんなさいしよう。



***

「あ?何すんだよ、今いいところだろ」
「うるせェ。黙ってろい」
「何だ?機嫌悪ィな」
「あんな甘ったるい空気吸ってられるか!わかってるイゾウも、わかってねェイズルも大概にしろい!」
「あァ、イゾウ嬉しそうだったな。イズに見たいなんて言われちゃァなァ…」
「砂吐くかと思ったよい」
「砂ァ?マルコ砂なんか食ったのか?」




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