55 ※東北大震災に関する記述があります


昼間の比じゃない程の人。日はとっぷり暮れて、並ぶ屋台の灯りが眩しい。一体どこから湧いて出たのか。人混み苦手なんだけど。だからって帰るのも嫌だけど。

「はぐれんなよ」
「努力はしますけど、約束はできません」

そこここに浴衣の人がいて、ちょっと羨ましくもある。目移りしてるうちに見失わないとは言い切れない。し、なんなら今ははぐれたい。

「離すなよ」
「はい?」

一瞬人の切れた隙に、イゾウさんの手がわたしの手を掴んだ。何て言うか、大きい。昼間も思ったけど、改めて。そりゃあ、わたしより上背もあるし、男の人だし。それでもなんか、ああ、大きいんだなあと思った。

「何か食うか?」
「食べます」

色気より食い気。都合の悪いものは忘れてしまえ。焼きそば、わたあめ、フランクフルト、ベビーカステラに大判焼き。日本の祭りのお決まりから、得体の知れない料理まで。虫料理から鶏の足まである。闇市じゃないぞ。

「あっ、イズル!」
「…無視してもいいですか?」
「名案だな」
「イズルってば!奥さんの凍み天おいしいよ!」
「…寄ってってもいいですか?」
「お前なァ…」

うるさい。わかってる。けど、奥さんの料理美味しかったんだもの。あと、単純に凍み天好き。あれ美味しい。

「おう、来たか」
「凍み天を食べに来たんであって、こいつに会いに来たわけじゃないですから」
「今日も可愛いね。その上着、よく似合ってる」
「どーも。イゾウさん食べます?」
「あァ」
「じゃあ、二つください」
「はあい」

お嫁さん、ちゃんと顔を会わせるのは初めて。にこにこ笑顔の可愛らしい人。心中は察しようがないけど。本当にいい嫁捕まえたな。

「ちょっと!」
「おれに奢ろうなんざ百年早ェ」
「なら自分の分だけ出してください!」

上から降ってきたベリー札。と、勝手に閉められた財布。わたしの、財布。自分の分くらい自分で払える。そのくらい持ってる。

「何でもかんでもやって貰うのは性に合わないんですけど」
「いいから仕舞え」

頬に。ちゅ、とひとつ。いつもなら文句のひとつも出てくる。けど、流石に…さっきの今で。わたしだって、幾らわたしだってそんなに鈍くない。

「…わかってやってますよね」
「当たり前だろ?いい子だから大人しくしてな」

くっそ、この野郎…マスターも苦笑いしてんなよ。日本人がこんな距離感に耐えられるわけないだろ。

「イズル、おれもしていい?」
「嫌です」
「どうして?」
「わたしは人に触るのも触られんのも嫌いなんで」
「その人ならいいの?」
「あんたと一緒にしないでよ」
「ふーん…じゃあ、おれも大丈夫って思ってもらえるように頑張るね」

…は?何をどうしたらそんな考えに至るんだ。絶対に顰めっ面になってるだろうわたしに、何でもないかのように笑いかける。何か、変なの引っ掛けたな。プライドでも傷つけたか。

「神社の方でも色々やってる。気が向いたら行ってみな」
「ありがとうございます」 

マスターから受け取って、お嫁さんと目があった。にこにこしてる。それがやたらと寂しいのは、わたしの勝手だろう。

「頑張ってますよ。野菜もお米も、多くはないけど流通してます。地元に戻った人もいます。問題も課題もありますけど、ちゃんと前に進んでると思います」

気休めにもならないだろう。地元の人間ではないし、あの災害を体験したわけでもない。わたしが持ってるのは既に過去の情報で、これからのことは知りようもない。

「そんな顔すんな」

イゾウさんの手が頭を撫でた。わたしは何もしてないし、これからも、何もできない。



***

「あ、おーい!イゾ、」
「やめとけ。どうせイズルが一緒だろい」
「ん?おお、イズもいるな。小さくて見えなかったぜ」
「折角二人でいるんだ。あんまり邪魔してやんなよい」
「そうか。わかった」
「おい、見つけたぞ!あいつだ!」
「この野郎!金払え!」
「おっと、」
「エースてめェ!また食い逃げしたのかよい!」
「はは、悪ィ悪ィ」




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