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日が暮れ始めた頃。一度船に戻った。荷物を置いて、甲板に戻ればイゾウさんがいる。この人、わりと四六時中わたしといるけど。飽きないの?美人は3日で飽きるなんて言うけど、あれ嘘だぞ。

「それ着てくのか?」
「はい。折角だし」

イゾウさんからもらった羽織。お祭りだって言うから。浴衣はないけど。姉さんたちがいたら化粧とかしてくれたかな。

「ちょっと来な」
「はい?」

船内に戻っていくイゾウさんの後をついて、人気のない廊下を歩く。見事に皆出てったなあ。大丈夫か、この船。

「入っていいぞ」
「…お邪魔します」

ここ、イゾウさんの部屋か。初めて入った。何なら、場所もあんまりちゃんとわかってなかった。へえ、きれい。ちゃんと整頓されてる。エースさんのとこと大違い。

「そんなに珍しいか?」
「珍しいというか、きれいだなって。エースさんのとこは随分雑多だったから」
「…あんまり簡単に男の部屋に出入りするもんじゃねェぞ」
「だって、ラクヨウさんがエースさんの部屋に引きこもってたから」
「あ?…あァ、ラクヨウ追い回してたあれか」
「…別に追い回したつもりはありませんけど」

そんな認識されてんのか。いや、間違いじゃないんだけどさ。そんな、皆知ってる感じなの?わたし16番隊入る前じゃない?

「そこ座んな」

こっちに向けられた椅子に座ると、イゾウさんは机に何やら並べ始めた。筆、と…何?何すんの?化粧すんの?

「目ェ瞑れ」

はあ。えらい楽しそうやね。緩く目を閉じれば、く、と顎が上がる。肌を筆が滑ってく。最後、瞼に触れた何かは知らないふりをしよう。許して。

「開けていいぞ」

ぱち、と開ければ、イゾウさんが満足げに見下ろしていた。手渡された鏡には、目尻に紅をさした顔が写ってる。姉さんたちも上手いけど、イゾウさんもお上手ですね。自分が情けなくなってくる。

「嫌か?」
「いえ、きれいです。自分で言うのも変ですけど」
「いつでもやってやるよ」

礼と一緒に鏡を返し、席を立つ。が、イゾウさんがその場から動く気配はない。窓の外は赤く染まっていた。日は落ち始めると早い。

「どうかしました?」
「他のやつには見せたくねェと思ってな」
「…自分でやったんじゃないですか」

突然何を言い出すんだ。その佇まいに、途端に、今いるのがイゾウさんの部屋で、二人しかいない事実が襲ってくる。…何か、まずくないか。

「自覚したか?」
「何をですか」
「男の部屋に二人きり」

イゾウさんの手が、わたしの髪を耳にかける。椅子がかたん、と音を立てた。


***

「お、ロハン!あの二人くっついたって?」
「どうも、お陰様で…先は長そうですけど」
「お前も苦労するなァ」
「いえ、イゾウ隊長とイズが幸せならそれでいいです」
「父親かよ」
「…その二人、さっき船に戻ってましたけど」
「へェ?今日は殆ど空じゃねェか?」
「なっ…、おれちょっと様子見、」
「まァまァまァ、待て、ロハン。あいつらもガキじゃねェんだから」
「いや、でも、あいつ本当に、さっきだって、」
「大丈夫だって。イゾウだって泣かせるような真似はしねェよ。…たぶんな?」




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