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街を歩きながら、時々兄さんとすれ違う。しつこい。昨日の夜ご飯で散々言われたから、もう恥ずかしいも何もあったもんじゃない。おめでとうやらお幸せにやら、余計なお世話だ。放っとけ。

「何か買うのか?」
「姉さんたちに。お守りなら全員分買えるかなって」
「なるほどな」

昨日のことなんかなかったみたいな顔して、ちゃっかりわたしの手を握っている。妙に人が多いから、はぐれなくて助かるけど。たぶんいつもの1.5倍はある。何がって、わたしの脈拍。

「欲しいもんは聞かなかったのか?」
「…今日、どこに行って何したか話せって」
「あァ、なるほどな」
「話すわけないじゃないですか!そんな!何言われるかわかったもんじゃない!」

揶揄われることが目に見えてるのに、自分からわざわざネタを提供するとでも?何笑ってんの。一応他人事じゃないんだけど。

「話してやればいいじゃねェか」
「何でですか。嫌ですよ」
「リリーたちなりに心配してんだろ?」
「…?何をですか?」
「イズルが手ェ出されてねェかってな」
「…手なら出してるじゃないですか」

いや、わかりますけどね?その意味ぐらい。わたしにこれ以上頑張るキャパはないぞ。

「これ以上すると、イズルが死にそうだからな」
「よくお分かりで」
「早く慣れてくれよ?」

イゾウさんの指が、繋いだ手の甲を撫でた。いや、だから。駄目なんだって。免疫ないの。そっぽを向いたわたしの隣で、イゾウさんが笑う。この野郎、見てろ。

「イゾウさん」
「ん?」

道の端に寄って小さく手招きすると、イゾウさんが少し屈む。もう少し。襟をくっ、と引っ張って漸く。やっぱり背が高い。

「…頬っぺにちゅうくらいなら、わたしだってできます」

イゾウさんは暫く目を丸くして、わたしを眺めていた。こういう顔は、あんまり見たことないな。

「えっ」

顎を掴んだイゾウさんが、にじり寄って笑う。え、怒った?だって自分だってやるじゃない。

「今のはイズルが悪いよなァ?」
「えっ、いや、あの、」
「キスすんならこっちだろ?」

背中に壁。目の前にも壁。イゾウさんの指が唇をなぞる。待って。地雷踏んだ。数分前のわたしを殴り飛ばしたい。調子に乗ってごめんなさい。ゆるりと頬を撫でる指に、心臓がざわざわする。

「い、イゾウさん、まって」
「この期に及んで待ってはねェだろ」

いや、わかる。わかるけど。わたしが全面的に悪いかもしれないけど。…悪いか?わたし悪いの、これ?

「…、」
「あんまり悪戯すんな。我慢できなくなる」
「…ごめんなさい?」
「次やったら最後までするからな」

…最後って言うのは、どの最後でしょう。なんて聞けない。頬にされたのが残念なようで、安堵したようで。よく本の中で、そんな自分勝手な話があるか、と思ったもんだけど。そんな自分勝手な話はあった。悔しい。


***

「おい、見るな見るな」
「イズって結構馬鹿というか、考えなしなところあるよな」
「自覚がねェってのは怖ェもんだな」
「イゾウ隊長はまだ我慢すんのか…」
「しねェだろ。付き合うってそういうことじゃねェのか?」
「相手はイズだぞ」
「…それもそうか」




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